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偏差値では語れない
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東京とは名ばかりの、見渡すばかりの緑、緑、緑・・・。 それが、ここ海城学園へ初めて足を踏み入れた羽柴徹の感想だった。 都心から電車で40分、そこからバスに揺られること30分。 駅前の喧騒を抜け、バスが走るにつれてだんだんと民家までもがまばらになって行く。 そうこうしてたどり着いた場所は、親元を離れ東京で寮生活と言う甘美なフレーズからは想像できないような山の中だった。 本当にこんなところで残りの学生生活を送らなければならないのか・・・ 俺の人生超お先真っ暗・・・ 徹は荷物を肩に担ぎなおすと、本日数回目のため息をついた。 門をくぐり坂道を登る。熊でも出るのではないかと思われるくらいの山道を進みながら、到着したのが夜ではなくて本当によかったと思う。 5分ほど山道を登ると急に視界が開けた。 「わぁ・・・」 目の前に広がる半端ではない敷地の広さに、思わず感嘆の声が漏れる。 山を切り崩して作られたとみられるその敷地は、自分の立っている所からは端まで見ることができ無い。 確かに校舎が邪魔をしているせいもあるのだろうが、それにしても自転車でもなければ生活できないのではと思わせるくらいの広さはある。 しかし、山を切り開いて作られただけあって坂と階段が多く、日常生活では自分の足に頼らざるを得ない風ではあった。 足腰鍛えられそう・・・ 俺って頭脳労働タイプなんだけどなぁ・・・ 徹は再度溜息をつくと、看板に従い、自分のこれからの生活の場―――寮があると書かれている方へと足を向けた。 「こんにちはぁ〜」 がらっと云う音と共に横開きの扉を開け、徹は誰とへもなく挨拶をした。しかし人気の無い暗い廊下が見えるだけで、徹に対する返答は無い。 日曜日の午後という事もあり、健全な学生生活を送る少年達は街へ繰り出しているのだろうかとも思うが、今日のこの時間に入寮の予定を告げていただけに誰か居るはずだ、と徹は先ほどより大きな声で再度呼びかけた。 「誰か居ませんかぁ〜」 「は〜いっ!!はいはいっ!!」 と、奥の方からばたばたと言う足音と共に声が帰ってくる。人の気配にほっとしながら徹は荷物を降ろし、その人物が現れるのを待った。 「ごめん、ごめん。羽柴君だよね」 「すいません、間違えましたっ!!」 笑顔で駆け寄ってくるその姿を見た瞬間、徹は荷物を再度担ぎ上げ回れ右をした。しかしぐっと荷物をつかまれて前へ進むことができない。 「なんで〜間違ってないよぉ〜」 「って、ここ女子寮でしょっ!?」 「何云ってんだよ〜、ここ男子校だよ、女子寮なんかあるわけないじゃん」 「じゃぁ、なんで女が出迎えに来るんだよっ!!」 しかもその媚びるような語尾の延ばし方はなんなんだよっ!! 荷物の奪い合いをしながらのそんな徹の最後の台詞に、聖はきょとんとした顔をしたあとお腹を抱えて大声で笑い出した。 なんだこの女。 なんちゅう下品な笑い方するんだ・・・。 そんな徹の気持ちに気が付いたのか、聖は徹の荷物を離すとその手を徹に差し出しながら自己紹介をした。 「月ヶ瀬聖」 「ひ、聖・・・?」 「そう、名前から分かってもらえると思うけど、生物学的にれっきとした男だからその辺よろしく・・・同室の羽柴徹君」 にこっと笑いながら云うその最後の台詞に徹は一瞬眩暈を覚えた。 ちょとまて、今こいつは何て云ったっ!? こんな男か女か分からないような奴と同室っ!? 頭痛ぇ〜 と、頭を押さえながら聖の事を再度見る。 確かに、男といわれれば男にも見えるかもしれない・・・だが、10人居れば10人がまず女と思うだろう。 髪は明るめの茶色、それが肩の辺りまで伸びている。確かにシャギーを入れたりといった、所謂お手入れなどはしていないざっくばらんなそろい方ではあるが、サラサラと流れるその髪からは今にも甘い香りが漂ってきそうである。 くりっとした色素の薄い瞳にすっと通った鼻筋、細い肩幅に、不似合いの大き目のシャツを羽織り、短パンからはすらりと伸びた足。その短パンは、シャツの端から少し見えるか見えないかと云った感じで、徹からすると「誘ってるのかーっ!!」と叫びたくなるような格好である。 「よ・ろ・し・く」 と、再度握手を求める聖の手を徹はばしっと跳ね除ける。 「俺、オカマと宜しくするつもりは無いから」 「・・・はぁ?オカマって・・・僕の事?」 徹の言葉に一瞬きょとんとした後、聖は再度大声で笑い出した。 「お前おっもしろいっ!!初対面の相手にそんなこと云う馬鹿初めて見たよ〜」 「馬鹿っ!?」 「すっげー天才が入って来るって噂になってたけど、勉強できても社会生活に適応できないお馬鹿ちゃんだな」 「初対面で人の事馬鹿って云う奴もおかしいと思うけど・・・」 「お前は人を見た目だけで判断した馬鹿だけど、僕はお前の性格を見極めた上で云ってるからお前よりはましだろ?ま、とりあえず部屋案内するからさぁ」 むっとしている徹のかばんを拾い上げると、聖は徹を置いてさっさと自分の―――これからは徹と二人で過ごすことになる部屋へと向かって行った。 |
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