偏差値では語れない


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 嫌々ながら聖の後に着いて行き、案内された部屋は一部屋を二人で使うタイプの部屋で徹が考えていた寮のイメージとはかなりかけ離れていた。
 二人部屋〜?
 おいおい、ここはホテルかよ〜。
 部屋の端と端にベッドと棚が一つづつ置かれ、机は丁度部屋の中心に並べるように配置されている。机の前は出窓になっていて、男の部屋には不釣合いな可愛らしい花が飾ってあった。
 まぁ、花は嫌いじゃないけど・・・寮ってこんな小奇麗なもんなのか?
 ぐるっと部屋の中を見渡すと、片側のベットの横には徹が自宅から送っていた荷物が既に所狭しと並べられていた。
「よく分からなかったから荷物はそのまま運んだだけだから。片付けするなら手伝うけど・・・寮の案内とどっち先にする?」
「別に手伝ってもらう程じゃないけど・・・とりあえず片付けるよ・・・」
「そう?まぁ、もうしばらくしたら他の寮生達も帰ってくるからぁ、そうしたら紹介方々案内するよ」
 そう云うと、聖はさっさと自分のベットの上に転がり込み、雑誌をめくり始めた。その横で自分の荷物を解きながら徹はきょろきょろと部屋の中を見渡した。
 部屋の広さは二人で8〜10畳は軽くあるように見受けられる。その上、最初は気がつかなかったが聖の側の壁には奥へと続くドアが見受けられた。
「なぁ、ここの寮って全室こんな感じなの?」
「あぁ、こんな感じぃ。でもこの部屋は運動部用で部屋にお風呂付いてるからちょっと他よりは広めかな?」
「風呂っ!?・・・そっちってトイレじゃないの?」
「いわゆるユニットバスってやつだよぉ〜」
 聖は雑誌から目を離さずにさらっと答える。だが、その答えは徹としては納得の行くものではなかった。
 たかが学生の寮で風呂トイレ付きぃ〜!?
 甘やかされてんのかっ!?ここの学生達はっ!!
「あぁ、一応全室こんな感じじゃないから・・・、ここはどちらかと云えば特別室クラスだよぉ〜」
 黙りこんだ徹に聖は付け加える。
 特別室・・・って・・・
「お前何か特別な事やってるのか?」
「一応剣道部の主将・・・」
 にっこり微笑むその姿は決して主将と敬意を持って呼べるような代物ではないと徹は思った。
 華道部かなんかの間違えじゃねーのか?
「あぁ〜信じてな〜い。皆見た目で騙されるんだよねぇ〜」
 さすがに雑誌をベットの上に置きながら聖はくすりと笑った。その笑顔はやはり天使のようで、徹には決して剣道部で主将を勤めるような猛者には見えなかった。
「剣道部・・・しかも主将・・・」
 信じられない思いで徹は再度つぶやく。
 ふと聖のベットの横に目をやると、確かに剣道の防具入れを見る事が出来た。しかし本人の口から聞いていても、その防具入れの中身を聖が身に付ける姿はを想像することは徹には出来なかった。
 そう云えばさっき触れた手結構硬かったかも・・・
 先ほど自分が跳ね除けた聖の手を思い出そうとするが、一瞬の事だっただけになかなかその感触までは思い出せない。
 やっぱ信じらんねーよ・・・
 そっと聖の方を見ると、聖は徹の方を見ながらまだにこにことしていた。
「男らしいだろ?」
「んな顔して云われたって男らしいなんて思えるわけねーだろっ!!」
「そう?人間見た目じゃなくて中身だよぉ〜」
 一瞬見蕩れてしまった事を隠すために余計に憎まれ口を叩いてしまった徹に、聖は再度笑顔を向けた。
 そんな聖を見て自分の顔が赤くなるのを感じた徹は、聖に気が付かれないように顔をそらすと再度荷物の整理に没頭しようとした。
 とりあえず荷物だよ・・・荷物。
 そんな徹を眺めていた聖だが、徹がもうこちらに視線を向けることは無いと判断すると再度雑誌に目を落とした。

 

 こんこん。
 いきなりノックされ、そのままがちゃりとドアが開く。
「聖、羽柴君着いてる?」
 そう云って聖と徹の部屋へと入って来たのはとても綺麗な男だった。綺麗とは云っても、聖のような女の子と見紛うようものではなく、確実に男の容姿をしているにもかかわらず溜息が出るくらい綺麗なのである。
 一瞬見惚れてしまった徹を聖の声が現実に引き戻す。
「宮城帰ってたんだぁ〜」
 そう云いながら聖は読んでいた雑誌をそのままに、ベッドから飛び降りるとその男の方へ嬉しそうに駆け寄って行った。
「あぁ、さっき戻ったんだ。遅くなって悪かった。・・・で、君が羽柴徹君だね。僕は高等部2年の北条宮城」
 最初は聖に、その後徹に手を差し出しながら宮城は云った。
「あ、羽柴徹です。よろしくお願いします」
 徹は差し出された宮城の手を握り返した
「宮城はここの生徒会長なんだよぉ〜」
 まるで自分のことを自慢するかのように聖がにこにこと云う。。最初は床に座り込んでいたから分からなかったが、宮城は徹よりも幾分背が高かった。聖と並ぶと10センチくらいは差があるように見える。
 この人生徒会長なんだ〜
 綺麗な人だよなぁ〜
「そろそろ手を離してもらってもいいかな?」
「・・・っ!!すみませんっ!!」
 宮城の手をずっと握り締めていたことに云われて気付き、徹は真っ赤になりながらその手を離した。
 やべ〜俺何やってんだよ・・・
 でも男でこんな綺麗な人初めて見た・・・
 俯いていた顔を上げると再度宮城と視線があう。もう隣に居る聖のことは徹の目に入っていなかった。
「なんだよ羽柴って僕と宮城に対する態度違いすぎぃ〜」
「当たり前だろ、北条さんは高等部の先輩じゃないか。って云うか、お前なんで先輩にため口聞いてんだよ・・・」
 呆れた風に徹は云うが、その言葉に最初きょとんとした宮城が、次にいきなり笑い出す。とは云っても大声でげらげら笑うのではなく、笑った顔も綺麗だなぁ〜と、徹の顔を赤らめさせるようなやわらかい笑い方ではあった。
「宮城ぃ〜なに笑ってんだよ・・・」
「あぁ、ごめんごめん」
 聖に窘められ、目尻に浮かぶ雫を指で拭いながら宮城は続ける。
「・・・羽柴君、聖はこう見えても僕と同級生なんだよ」
「こう見えてもは余計だろ〜」
 徹は怒っている聖と笑い続ける宮城を交互に眺める。
「うそ・・・だって、ここの寮って中等部と高等部で部屋違うって・・・」
 自分の今までの聖に対する態度を振り返りながら、徹は自分の顔が青ざめるのがわかった。男子校は上下関係煩いから生意気なことばっかりやってると呼び出し食らってぼこぼこにされちゃうわよ、あんた生意気なんだから〜とは、徹が寮生活を送らねばならない原因を作った義姉からの選別の台詞である。
「中等部の部屋に空きが無かったんだよ・・・、まぁ、ここは高等部の部屋の中でも特別だから羽柴君にとってはラッキーだったんじゃないかな?」
 やさしく宮城は云うが、その言葉はすでに徹には届いていなかった。
 俺、初っ端からやらかしまくり?
 って、でも・・・
 こいつ小さいし・・・
 女の子みたいな面してるし・・・
 声だって・・・って、声変わりしてんのかっ!?
「先輩だったの・・・?」
「そうだよぉ、身長無くてもこんな顔でも先輩なの〜」
 恐る恐る云う徹に対して聖は満面の笑みで答える。その笑顔もやっぱり可愛くて、徹にはどうしても聖が先輩には見えなかった。
 この顔でっ!!この身長でっ!!この声でっ!!初対面で男子高校生って分かる奴居たら会ってみたいよ・・・
「しかも剣道部主将・・・」
 俺明日まで命あるのかな・・・
 夜中に竹刀でぼこぼこにされたりして・・・
 今夜この部屋に二人きりになった後のことを考えて徹は寒気を感じた。聖のベッドの横に立てかけてある竹刀がただの凶器に見えてくる。
 どよ〜んと落ち込んでしまった徹に宮城は云う。
「まぁ、聖が同級生に見られないのは何時もの事だから気にしないで・・・それより羽柴君の寮の案内はすんだ?荷物の整理は?」
「荷物先片付けるって云ってたから案内はまだだよ〜。荷物は今片付け中だよねぇ〜」
 聖自体もすでに気にしていないような態度に徹は少し安心する。  
「あ、荷物はほとんど片付いたんで・・・」
 そう聖に向かって云いながら、徹は部屋の自分のベッドがある方に視線をやる。ダンボールの中の荷物はほとんど片付いていて、後はダンボールを纏めて捨てればいいだけである。
「げろげろ〜、いきなり丁寧な言葉使われると気持ち悪いよぉ〜」
 本当に嫌そうに聖は云う。
「聖は黙ってろ・・・」
 こつんと聖の頭を叩きながら宮城は徹に言葉を続ける。
「じゃぁ、寮の中を案内するよ。本当は寮監の宮瀬先生にお願いしたほうがいいんだけど・・・今日は戻るの遅くなるって云ってたからね」
「じゃぁ、お願いします」
 はぁ〜と、本日数度目となる溜息を付くと、徹はドアをくぐる宮城と聖の後について部屋を後にした。

  






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