偏差値では語れない


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「ここが食堂。朝は6時半から8時まで、夜は6時から8時までになっていてその時間内だったら何時でも食べられる。ちなみに一部自炊も認められているから、何か作りたい時は事前に寮監の宮瀬先生に許可をもらうように」
 共同のトイレ・風呂・洗面所・娯楽室と続き、最後に宮城が徹を連れて行ったのは食堂だった。徹の部屋の一番近い階段を下りた所に位置するその食堂には数人の生徒が居た。
 何人かの生徒は、案内をする宮城と聖の後ろについて歩く徹を物珍しそうに眺めている。
「お勧めは毎日変わるスペシャル定食。一汁三菜+デザートが付いて350円。しかもメインは超大盛りで部活の後には最高だよぉ〜」
 とは聖の台詞である。聖は宮城が案内をする後を付いて歩き、徹にはなんだか訳のわからない説明を付け加えていた。
 奥から2番目のトイレからは夜中になるとすすり泣く声が・・・
 お風呂はやばい先輩と時間をずらさないと大変なことになる・・・
 などと、徹にとってはどうでもいいような事を一人楽しそうに話しているのである。
 こんな新しい寮ですすり泣きとか云われても・・・
 それに先輩と風呂一緒に入ったらやばいって、風呂場で水が掛かったとか云われて殴られでもすんのかよ・・・
「後ね、日替わりの果汁100%ジュースが最高。今日はりんごだったんだけど、僕としてはやっぱりオレンジが一番かなぁ〜」
「はぁ、そうですか・・・」
 げんなりとして徹は答える。聖は徹のそんな態度は全く気にせずに、券売機へと向かうと3枚ジュースの券を買った。
「宮城ぃ〜ちょっと休憩。日替わり果汁ジュース奢ってやるよぉ〜」
 そう云いながら売店へと走って行く。
「休みの日の食事の有無は前日の朝までに寮監に報告。忘れると用事が無くてもふもとまで食べに出なくちゃ行けなくなるから気をつけてね」
 走っていく聖を追いながら、宮城は最後にと付け加える。
「え・・・今日は?」
「今日は羽柴君の分も頼んであるから大丈夫だよ」
 宮城の答えに徹はほっと胸を撫で下ろした。初日から夕食抜き、もしくは再度山を降りると云う悲劇には直面せずにすんだのである。
 売店近くの席に腰を下ろし聖を待っていると、先ほどから食堂に居た生徒が一人近づいてきた。
「宮城さん、その人が転入生ですか?」
 そう声を掛けて来たのはかなり背の高い少年だった。しかし、にこっと笑うその口元からはちらりと八重歯がのぞき、背の高さとは裏腹な幼い感じのする笑顔であった。
「あぁ、郁弥」
 郁弥と呼ばれた少年は今度はその笑顔を徹へ向けてくる。
「俺、神崎郁弥。よろしく」
「羽柴徹です」
 椅子から立ち上がり徹はぺこりと頭を下げる。幾ら幼い顔に見えても上級生の可能性があることを先ほど学んだばかりの徹は、とりあえずはと丁寧に答えた。
「確か羽柴君は郁弥のクラスに入るんだよな」
「えぇ、転入生が来るって話でしたから」
 郁弥は空いている席に腰を下ろしながら答える。その二人のやり取りにやっと同級生であることが分かると、徹はほっと溜息を付いた。
 同級かぁ〜こいつは見た目どおりだぁ〜
 って云うか、やっとまともな顔の奴に出会えたぁ〜
 などと、聖が聞いたら怒りそうなことを考えていると、先ほど売店へと向かって行った聖が戻って来た。
「郁弥も来たのぉ〜」
 3つのジュースを抱えながら聖が戻ってくるのが見えると、郁弥はさっと立ち上がってそれを受け机に置くと聖の為に椅子を引く。あまりのスマートな流れに徹は一瞬は何が起こったのか分からなかった。
 聖が当たり前のように腰をおろし、それを見届けた郁弥も続いて座るまでを徹はぽか〜んと眺めていた。
 おいおい、ここはホストクラブかよ〜
 幾ら上級生だからって椅子は引かねーだろぉ?
 聖につくす郁弥の態度は、ただの先輩と後輩を超えているように徹には感じられた。
「あぁ、郁弥たちは体育会系だからちょっと上下関係に煩いんだよ。あんまり気にしなくていいから・・・」
 そんな徹の疑問に気が付いたのか宮城が云う。
「え、じゃぁ、神崎君も剣道部?」
「郁弥でいいよ。俺も徹って呼んでいい?ちなみに俺はバスケ部」
 身長からしてそのまんまって感じだろ?と、郁弥は続ける。
 確かに郁弥は背が高かった。先ほど聖と並んで立っていた時は、聖の頭は徹の肩の辺りまでしかないように見えた。聖の背があまり高くないのもあるが、それ以上に郁弥の身長が高いのが原因である。
「郁弥って何センチあるの?」
「183センチ。でもまだまだ成長期・・・親父が190センチあったから俺もそれくらい行くかも」
 何故か照れながら郁弥はそう答えた。



 他愛も無い話をしているうちに、気が付くと食堂には先ほどよりもかなり人数が増えていた。時計を見るとすでに6時を過ぎており、部屋に居た生徒達が食事に降りてきたのだと分かる。
 徹のことが気になるのか、何人かの生徒はあからさまに徹達が雑談している側をちらちらと伺いながら通って行く。
 徹はなんだか見世物になっている気がした。
「あぁ、羽柴君は来る前からちょっと有名になってたから皆気になってしょうがいなんだよ」
 通り過ぎる人たちを気にする徹に気が付いたのか宮城が云う。
「有名って・・・?」
「転入の為の試験で国語を除く全ての教科満点だって?」
 なんでそんなこと生徒が知ってるんだぁ〜
 確かにそんなこと校長に言われた気もするけど・・・そう云うのってオフレコじゃないのかよ〜
 げげげっと顔をしかめる徹を無視して宮城は続ける。
「しかも数学と英語に関しては間違えて大学入試問題を渡してしまったにも関わらず満点だったとか・・・英語に関しては帰国子女で説明がつくけど、数学までとなるとね・・・。なんでも天才が転入してくるって学園中大騒ぎだったんだよ」
「はぁ・・・」
 あれって大学入試問題だったんだ・・・
 どおりで他の科目と違って手応えあると思った・・・
 今更ながらに自分がやらかしてしまったことに徹は気付く。
 小学生の頃から天才だ神童だと持てはやされ、しまいには親の研究所の手伝いまですることになり、今までまともな学生生活と云うものを徹は送った事が無かった。今回の転入を機に今までのことは忘れて普通の学生生活送ろうと思っていたのだ。
 それなのに・・・
「羽柴凄いよなぁ〜。同室のよしみで今度数学教えてね〜」
 徹の苦悩も気付かぬように聖がにこにこと笑う。
 無料家庭教師ゲットだぁ〜と嬉しそうにはしゃいでいる姿はやはり先輩には見えないなぁ〜と、徹は一人溜息をついた。
 まぁ、いいけど・・・ね。
  






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