課 外 授 業


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 なんでこんなことになったのかと、俺は朦朧とした頭で考えていた。でも、こんなに霞が掛かったような頭では、答えなんて導き出せるはずも無く……俺は自分の体を弄る手に嫌悪を覚えながらも、そのまま意識を飛ばしていた。


「飯島君。ちょっと頼まれてくれるかな?」
 そう俺に声を掛けてきたのは、生物教師の綾瀬だった。たまたま教室の一番入口に近い場所に居て、声を掛けやすかったのだろう。
 授業が終わり、提出された宿題のノートを一人で運ぶのは無理だと、そう綾瀬が考えるのも無理は無いくらい、大量のノートが机の上に置かれていた。もちろんその中には俺のものも含まれていて。
「運ぶんですか?」
「あぁ、準備室まで手伝ってもらってもいいかな?急ぎの用があるならいいんだけど……」
 と先手を打たれると、さすがに俺も頷くしかなかった。高校に入学したてで、クラブにも所属してなく寮に帰るだけの俺に、放課後荷物を運ぶ10分程度の時間を裂けない程の大した用事があるわけも無く……。
 俺はしぶしぶと綾瀬からノートの束を受取ると、その後に着いて教室を後にした。
 すぐに帰れるように、一緒に鞄を持って出たことを後で後悔することになるとも知らずに。


 俺がここ海城学園に入学したのはほんの1ヶ月前のことだ。高等部からの新入生はほとんど取らないらしく、姉妹校からの転入と云う俺を含め10人にも満たない数だった。
 とは云っても、高等部からの仲間だからと云って阻害されるわけでもなく、特に姉妹校からの転入と云うこともあり、俺はそれなりに楽しい生活を送っていた。
「飯島君はもう学校に慣れた?」
 俺の前を歩く綾瀬から不意に声を掛けられる。
「はい」
「そう、それはよかった」
 にこやかに綾瀬は云う。
 俺達のクラスの副担任を勤める綾瀬は、やはり外部組を心配しているのか、俺以外の高等部から入学してきた奴等に結構声を掛けたりしていた。
 すごく面倒見のいい先生―――それが綾瀬の校内での評価だ。
 でも、俺は実は綾瀬のことがちょっと苦手だった。
 どこが苦手なのか、そう問われるとちょっと困る。ただ、俺を見る時の目付きがどうしても受け付けない―――値踏みされているような、そんな感じを与えるその目が、どうしても苦手だった。
 誰かに云えば、逆に「自意識過剰なんじゃないの?」と云われしてしまいそうな、それくらい普段の綾瀬からは考えられないような目で見られる時があるのだ―――それが怖かった。


 がらっと生物室の隣にある準備室の扉を綾瀬が開ける。中はおせいじにも綺麗と呼べる代物ではなく……。
「先生片付けろよ、これ置く場所無いじゃん」
「あぁ……」
 綾瀬はきょろきょろ見回しながら、ちょっとだけ隙間のあった机の上のものを無理やり横にずらすと、自分の持っていたノートをその空いたスペースへと置いた。
「それもこっちに置いてくれ」
「はいはい」
 俺は綾瀬の置いたノートの上に更にノートを重ねた。と思った瞬間、ノートがざざっと崩れて床に落ちる。
「あ〜っ」
 と言葉を発したのは俺だったのか綾瀬だったのか……見事なまでに崩れ去り、逆に綺麗になった机を眺めながら、どちらからとも無く笑い声が上がった。
「先生片付けできないの?」
「ん〜、気が付くと物が溜まっちゃうんだよね」
 ぽりぽりと鼻の頭をかきながら綾瀬が云う。その仕草がやけに可愛くて、俺はもう笑いを抑えることができなかった。
「飯島ぁ〜。そんなに笑うな……」
「だって先生ちょっと子供みたいだ」
「お前なぁ〜」
 綾瀬はまったくと云いながら、床に散らばったノートを拾い始めた。
 俺もただ笑って見ている訳にもいかず、綾瀬に倣って床のノートへ手を伸ばす。
「悪いな・・・」
 そう一言云った、綾瀬の下から俺を見上げてくるその顔がやけに可愛くて、たったそれだけのことで、綾瀬に対する不可思議な悪感情が薄れて行くんだから、俺って結構単純なのかもしれない・・・そんな風に考えながら、なぜか部屋の片付けまで手伝うはめになり、気が付けば結構な時間が過ぎていた。



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