課 外 授 業


−3−

 目を覚ました時、一瞬そこがどこなのか分からなかった。
 閉じられたカーテンの隙間からうっすらと夕日が差し込んでくる、それ以外に明かりのない暗い室内に俺は一人取り残されていた。
 ソファーに寝かされて、背広の上着を掛けられていた。ふと目をやると、しわにならないようにと云う心遣いだろうか、俺の上着はちゃんと椅子の背に掛けられていた。
「なんでこんな所にいるんだっけ・・・・・・」
 一度目を閉じて記憶をたどろうとする、するとズキっと頭が痛んだ。
 放課後呼び止められて・・・・・・
 って、誰にだ?
 一緒に部屋の掃除をして、コーヒーを飲んだ。
 その相手って、確か・・・・・・
「あ、やせ?」
 思い出した相手の名を呟いてみる、しかしそれに応える者はいなかった。
 辺りを見回してみると、ふと隣の準備室に続くドアの隙間から明かりが漏れているのに気付いた。
 俺はソファーから降りると、そのドアの向こうをそっと伺った。
「何してるんだろう・・・・・・」
 横開きのドアの隙間をそっと広げてみると、机に向かう綾瀬の背中が見えた。
 時々、目の前の何かをめくっているような音と、その上にサインペンかなにかで書き連ねているような音が聞こえてくるだけで、他はシーンと静まり返っていた。
 こんな静かな寂しい部屋で、よく一人でいられるな、なんて思った途端、俺自身がそう云う部屋に一人で取り残されていたことを思い出してしまった。
 それに思い至った瞬間、さっきまで全く平気だったその部屋の暗さとかがいきなり怖く感じられるから不思議なもので・・・・・・
「うわぁっ」
 いきなり背後でから聞こえた物音に、俺は恥も外聞もなく大声をあげるとそのまま準備室の中へと転がり込んでいた。



「大丈夫か?」
 いきなり大声をあげて転がり込んだ俺に、まったく驚いた風もなく綾瀬は近寄ってくると、その手を差し伸べてきた。
 おれはその手を取ろうとして、ふと思い出したようにその手を叩き落とした。
 思い出したのだ。綾瀬が今の俺のこの現状を作った張本人だということを。
 一瞬驚いたような顔をした綾瀬は、今度は強引に俺の手を掴むとそのまま自分の方へと引き寄せた―――つまり、俺はその勢いのまま綾瀬の胸元に引き寄せられる格好で、そのままぎゅっと抱き締められてしまったのだ。
「悪かった、謝るからそんなに暴れるな」
 抱き締められた腕の中でもがく俺の背中をあやすように撫でながら、綾瀬はに謝罪の言葉を何度も繰り返した。
 その俺をなだめるその手がとても暖かくて、俺はもがくことをやめ、そのまま綾瀬に身体を預けてしまった。
 そう、これはなんと云うのか・・・・・・
思っていたよりも俺は綾瀬を嫌っていないみたいで・・・・・・
 いや、その手を気持ちいいとか、そんなふざけた感情なんかが沸いてきたりして・・・・・・俺に向ける謝罪の言葉があまりにも悲痛に聞こえて―――そう、俺は完璧にこの綾瀬と云う男にほだされてしまったのだ。
 俺が暴れることを止めたことに安心したのか、綾瀬はそっと俺を抱き締める腕から力を抜くと更に謝罪の言葉を続けた。
「本当に悪かったな、ジョウ」
 その一言は、今までの謝罪の言葉とはまったく違う口調であり、耳元で囁かれたその綾瀬の発した一言に、俺は背筋に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。



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