先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−1−



 雨よ降れっ!!
 風よ吹けっ!!
 嵐となれっ!!
 その願いも空しく、征城が目を覚ますと外はこれでもかと云うくらい晴れ渡っていた。
 せっかくの休日に嵐を望むのにはそれなりの訳がある。
 征城は布団に包まりながら先日の出来事を思い出していた―――そう、いきなりキスをされた上に何故か恋人宣言までされてしまい、「来なかったらお仕置き」と云う怖い一言を残して去って行った男、その宮瀬晃と云う男に勝手に待合わせをされてしまったのだ。
 やっぱ行かなきゃだめなのかなぁ・・・・・・
 何度か電話を掛けて断ろうかとも思ったが、その度に「お仕置き」と云う単語が蘇える。
 まさか寮まで押しかけてくるわけはないとも思うが、実際に出会った場所でさえ学園内と云うこともあり、決して来ないとは云い切れないのである。こんな所まで押しかけられるぐらいなら、大人しく一回だけでも付合う方がましだと、征城はそう考えていた―――考えてはいたが決して納得しているわけではなく、やはり窓からのぞく陽の日差しを恨めしそうに眺めているのであった。


「せいは今日はどうするの?」
 暇だったらふもとに映画でも見に行かない?そう続けながら、すでに起きて身支度を整えていた宮城が征城の布団を覗き込む。
 完全週休二日制を取るこの学園では、週末には自宅へ帰る寮生が多い。宮城と征城も先週末は自宅へ帰っていたため、今週は寮で過ごす事にしていたのだが、征城はそんな宮城の言葉にだるそうに首を横に振って答えた。
「何か用あるの?」
「う〜ん、まぁ、ちょっと・・・・・・用って云うか・・・・・・」
 歯切れの悪い征城の言葉に宮城が首をかしげる。
「まぁ、とりあえず起きたら?」
「うん・・・・・・」
 ぼりぼりと頭を掻きながら征城は起上ると、もう一度窓の外へと目を向けた。
 時計を見るとすでに9時近くになっていた。
 朝食を食べて、支度して・・・・・・
 行きたくないなぁ〜
「何そんなに溜息ついてんの?そんなに嫌だったら行かなきゃいいじゃん。皆で映画見に行こうよ」
「……いい。約束しちゃったし……」
 したと云うか無理やりさせられたんだけど……
 逃げるのもしゃくだし……
「今日は俺別口で出掛けてくるよ……」
「そっかぁ、残念。でもそれじゃぁ早く支度しないと10時には間に合わないよ」
「だな……」
 にこにこと云う宮城の言葉に一度頷いた後、征城はふと違和感を覚えて再度宮城に目を向ける。
 あれ?
 ……俺10時に待合わせとか云ったっけ?
「何で……?」
「まぁ、大丈夫だとは思うけど、……気を付けろよ」
 言外に何か含みがあるような、そんな間を置いて宮城がぽんと征城の肩を叩く。
「気を付けろって……」
 もしかして……
 おいっ!!
「みや、お前何知ってんだよっ!!」
 まさかあいつにキスされたこととかまで知ってんのかっ!?
 と、口には出さずに征城は目で訴える。
 知らないのならば知らないで居て欲しいし、知っているのならばこれだけで云いたいことはわかるだろうと思ってのことだ。
「何って……せいが卒業生とデートするってこと?それとも襲われちゃって実は貞操の危機だったってこと?それとも……」
「わ――――――っ!!黙れ―――っ!!」
 さらに続けようとする宮城の口を押さえつけて征城は宮城の言葉を止めた。
「誰が聞いてるかわかんないだろっ!!」
「せいが云えって云うから云ったんじゃないか」
「って、お前なんで知ってんだよ」
「せいのことなら何でもね」
 顔を真っ赤に染めながら詰め寄られても怖くもなんともないと思いつつ、宮城はにこっと笑う。
 征城はまったく気が付いていないみたいだが、征城と晃の一件はすでに学園内で知らぬ者は居ないほど広まっていた。それこそ知らないのは本人だけ、と云ったところだろう。
 それこそこの時期は、学園一体となって賭け事が行われているくらいであり、その対象となる者たちのプライバシーは無いと云っても過言ではないような状態なのだ。
「しかも何だよ貞操の危機ってっ!!んな目には遭ってないからなっ!!」
「ふぅ〜ん。まぁ、今日遭うかもしれないし、気を付けるに越したことはないよね。とりあえずこれ持ってきなよ」
 そう云いながら宮城は征城に小さな筒状のものを手渡した。
 片手に収まるぐらいの大きさのそれは、上部に押しボタンのようなものと、周りに説明文らしきものがあるが、英語で書かれているため征城には何に使うものか分からなかった。
「なんだよこれ?」
「防犯グッズ。上のボタンを押すとここから唐辛子のエキスが出てくるんだって。変なことされそうになったらこれを相手の顔に向けて吹きかけるとしばらく目が痛くて動けなくなるらしいよ」
「へぇ〜」
「また大暴れして仕送りストップよりはこっちの方がいいだろ?」
 と宮城は手を差し出す。
「……金、取るのかよ」
「当たり前だろ。高かったんだぞこれ。それに僕は今日自腹で遊びに行くけど、せいはどうせ全部奢ってもらうんだからいいじゃない」
「奢ってもらうわけじゃ……」
「何云ってんだよ。大学生なんて遊びとバイトくらいしかすることないんだよ。僕等とは使えるお金の額が違うの。奢ってもらって当たり前っ!!中学生と割勘デートとか云ったら、その先輩の方が怒り出しちゃうよっ!!」
 だからね、とにこにこと指を一本立てながら云う宮城に、征城はしぶしぶと財布から千円札を出して渡した。
「奢ってやった上にこんなの掛けられちゃ、きっと二度と誘う気にもらならいよ、そいつ」
 受取った千円札を自分の財布に入れつつ宮城は云う。
 そんな宮城を見ながら、征城は溜息を付きつつ服を着替え始めた。早くしなければ朝食を食べる時間がなくなってしまうのだ。寮から正門まではゆっくり歩けば10分は掛かる、すでに時計は9時20分過ぎを指していた。




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