先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−10−



 暗い山道を登りきった所で、車は軽いブレーキ音と共にスピードを緩めた。目の前に見慣れた校門が迫ってきて、それでもうこの時間も終わりなのだと云うことが分かった。
 遊園地を後にして、しばらくドライブをした後食事をし、門限ギリギリのこの時間にぴったり付くように計算したかのように、出発したその場所へと戻ってきたのだ。
「あ、俺夕食いらないって云うの忘れてた・・・」
 思い出したように征城が呟く。
「あぁ、大丈夫だろ。多分雪都が連絡してるはずだよ」
「なんで雪都さんが?」
「うぅ〜ん、まぁ、長年の付き合いってとこかな」
 なんでもないことのようにポツリと呟く晃に、征城はちょっと不審の目を向ける。が、すでに夕食の時間も終わっていて、連絡していようがしていまいが、もう食べられないことに変わりはない。それこそ連絡をしてくれていたら寮長からのお小言が無くなると云う特典だけで、どちらにしろ自分にとって悪いことではないと、征城は思い直す。
「まぁ、いっか」
 ぼそっと呟きながら、校門の前に止まった車の中で、征城はほんの少しの居心地の悪さと戦っていた。
 一言「ありがとう」と云ってドアを開ければそれですむはずなのに、なんとなくドアを開けて車を降りる気にならない。
 それどころか、晃も征城を降ろそうとすらしないのだ。
 どちらかが一言口を開けばそれで終わってしまいそうな、そんな2人の間の沈黙を破ったのはやはり晃の方だった。
 いきなり後部座席へと身をやって、がさがさと何かを探り出す。そして身を起こしたその手には、一つの紙袋が握られていた。
「やる」
「やるって・・・」
 差し出されたその紙袋を条件反射で受取ってしまった征城は、どうしていいか分からずにそのまま動けないでいた。
「俺が持ってて欲しいだけだから」
「って、だめだよ、こんな高い奴」
 それは中身を見なくても想像が付くもので・・・それこそ中学生に上がりたての征城にとっては高級品で、まだまだ手にすることなんて無いと思っていたもので。
「悪いがタダだから。基本料金は掛かるけど、俺とファミリー割引でそれも微々たるものだから・・・まぁ、俺が連絡取りたい時に一々寮の電話で呼び出しをかけるのが面倒くさいから、だから」
「だから?」
「だから、とっとけ」
 ぶっきらぼうに呟く晃は運転席の窓の外に顔を向けたままではあったが、薄く窓に映ったその表情はちょっと照れてるように見えた。
「でも・・・」
「あ、あんまり掛けるのには使うなよ。とりあえずまずは俺との連絡専用ってことで持っとけ」
「・・・」
「とりあえずメールもできるから、暇があったら近況報告くらい入れろよ。俺からも出すから一言くらい返事しろよ・・・っと・・・」
「ってか、もしかして、今、突っ返されたらどうしようって思ってる?」
 征城に口を挿ませない晃に、征城はふと思ったことを口にする。
 それは本当にちょっと思っただけで、それこそ図星などとは思ってもいなかったのだが・・・
「―――っ」
 しかし、急に振返り一気に顔色を変えた晃に、そのちょっとした思い付きが実は大当たりであり、しかも地雷であったことに征城はすぐに気が付いたのだ―――時すでに遅しではあったのだが。



 門限ギリギリには校門の前についていたはずなのに、何故か門限をそこそこに過ぎるような事態に陥ってしまったのは絶対に自分のせいじゃない。
 そう固く信じつつも、実際お説教を受けるのは「門限」と云う決まり事を破ってしまった征城自身であり、寮長と寮監のお小言を受けて更にくたくたになって自室のドアをくぐったのは、かなり遅くなってからであった。
 もともと寮内では征城があの「宮瀬晃」と出掛けると云うことがすでに大きな噂となっていたこともあり、征城が自室にたどり着くまでにはそれこそお小言の3倍程度の時間を要していた。
 そう、昼間よりも更なる疲れが征城を襲っていたのである。
「ただいま・・・」
 消え入りそうな呟き声とがちゃっと部屋のドアが開く音に、ベッドで本を読んでいた宮城は顔を上げる。紙袋を手にぼーっと部屋に入ってくる征城の姿に、ちょっとした不審を感じつつも、いつものようにおどけた様に声を掛ける。
「あれぇ、遅かったじゃん」
「うん」
「楽しかった?」
「あぁ、うん」
「食べられちゃった?」
「え?あぁ、まぁね」
 なぁ〜んてね、と宮城が続ける前に征城が肯定の言葉を呟く。
「え?まじでっ!?」
 冗談のつもりで口に出した言葉に、思いもしなかった返答が返って来て宮城は驚きを隠せずにベッドから起き上がった。
「え?なにが?」
「何がじゃなくて、食べられたのかって・・・」
「あぁ、うん。ちゃんと食べてきたよ。ってかさぁ、なんでみんなそんなに俺の夕飯の心配ばっかりするんだ?ったく」
 その征城の返答に宮城はがくっと肩を落す。
 そう、征城が「食べられちゃった?」なんて言葉の意味のまま素直に反応する訳はないことは宮城が一番よく知っていることで。
「驚かせるなよぉ」
 よかったぁ〜とばかりに征城にがしっと宮城は抱きついた。
 その時、ふっと征城の首に回した自分の腕とシャツの間から、宮城の目に映ったものは・・・
「やっぱり・・・」
「え?」
 やっぱり食べられちゃったのかよぉ〜
 声には出せず、だが、出ていれば確実に涙声になっているんだろうなぁ〜と自分でも分かるくらいの衝撃は隠せない。
 がくっと肩を落とし、宮城は大人になってしまった(笑)と思われる自分の片割れを更にぎゅっと抱きしめたのだ。


・・・なんとか≪初デート編≫END・・・




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