先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−9−



「あれ、大丈夫なの?」
 先程の晃の行動を思い起こしながら、征城は伺うように晃へと視線を向けた。
 これは俺が預かるからと、優しく云われた言葉に従って、ついついあの防犯スプレーを晃に手渡してしまったことを征城は少なからず後悔していた。
 あんなもん人が大勢居るところでぶち撒いたら捕まるぞっ!!と、そう云い切った晃が、まさかあのような行動に出るとは思わなかったのだ。
 確かに人は居なかったけど・・・
 でも悪質だよなぁ〜
 あの後、もう帰りたいと、そう云う征城の言葉に頷くように、晃はゲートをくぐり駐車場へと足を向けた。
 そこで自分たちの車から少し離れた所に停められた司の車を発見した晃は、換気のためか少し開けられた窓から、先程受取ったスプレーを思いっきり車内に吹きかけると
「ざまーみろ」
 と一言残し、唖然とその様子を眺めていた征城の手を取って後も振向かずに車へと乗り込んだのだ。
 ただただ処分してくれるつもりなんだと、そう信じて手渡したにも関わらず目の前で行われた所業に、征城は一瞬言葉も出なかった。晃に促されるように車に乗り込んで、しばらくしてから気が付いたのである。
 俺がやったって思われてたらどうしよう・・・と。
 征城は、あの後車に戻ってきて惨状に気付くであろう雪都たちのことを思って、小さく溜息を付いた。
 よくよく考えてみれば、全ての原因はこの隣で悠々とハンドルを握る男にあると思うのに、あの時はパニクッていて、しかも優しい言葉を掛けられて、ついつい気を許してしまったのだ。
 それこそ、自分から晃の腕の中で力を抜いて、その胸に身体を預けてしまったことを思い出し、征城は瞬間顔を赤らめる。
 だめだめ、変なこと思い出すな、俺っ!!
 ぶんぶん思考を全て飛ばすかの勢いで頭を振った征城は、ちらっとバックミラーへと視線を向ける。瞬間目が合った晃が、目尻を下げてにやりと笑う。
「お前さっきから一人でなに百面相してるんだ・・・」
 ちょっと呆れたような笑いを含んだその言葉に、それまで無言で運転を続けていた晃が、実はバックミラーごしに征城のことをずっと伺い見ていたことに気付く。
「百面相って・・・」
「青くなったり赤くなったり、溜息付いたり大忙しだったじゃないか」
 今度はかすかにではなく、はっきりと笑いを含んだその云い方に、征城はむっと頬を膨らます。
「今度はここ膨らませてる」
 丁度信号が赤に変わったからだろうか、顔を征城の方へ向け、ギアをニュートラルへ入れた後、晃はその手で征城の頬をぷにぷにと付いた。
「何すんだよっ」
 その手を叩き落としながら、征城は恥ずかしくなって顔を外へと向けた。もう自分の顔がどうしようもないくらい赤くなっているのは、見なくても分かり切った事だった。
 なんかおかしい・・・
 朝までは嫌で嫌で仕方なかったはずなのに、なんで今はこんなに気持ちを許してしまっているのだろうか。
 確かに遊園地は楽しかった・・・
 が、あのコーヒーカップに乗った後からは、どう考えても納得いかないような出来事の連続だった気がするのだ。
 にも拘らず、晃と居ることが全く苦痛じゃない。
 それこそ近くの駅で降ろしてもらって帰る事だってできるはずなのに、そんな選択肢があること自体に気付きたくない、そして気付いても選ばないであろう自分を征城は嫌と云う程自覚していた。
「なんでだろう・・・」
「何が?」
「あんたって変なのに・・・」
「そうか?」
「ちょっと居心地いいとか思っちゃってる自分が嫌だ・・・」
 窓に向かってポツリと呟かれた台詞に、一瞬晃は驚いたように目を見開いた後、それまで征城が見たこともないような笑みを浮かべた―――それは窓に反射して映っただけで、はっきりと認識できた訳ではないのだが。
「変態・・・」
 そう云って俯くことしかできないような、今まで征城が見たことのないような表情だった。
 ただただ優しさの中に嬉しさとかそう云った色々な感情が含まれたような、大人の余裕の笑みとでも云うのであろうか―――年の差を余計に感じさせるような、そんな表情だった。
「変態とはどう云うことだよ」
「って、あんた今の自分の顔見た?すげぇ〜嫌なスケベったらしい顔してたんだぞ」
 本当はそんなこと少しも思ってはいないのに、喧嘩腰なそんな台詞しか出てこない。もっと違う言葉を伝えられたら、今すぐにお互いの距離が変わりそうな、そんな予感もあるのだが・・・。
「あぁ?スケベったらしい顔だ?んなの、好きな子に「好き」と云われたら誰でも顔が緩むのは仕方ないだろ?」
「お、俺、あんたの事好きだなんて一言も云ってないぞっ」
 いきなり云われた台詞に、征城は頭を振って反論する。
「・・・ってことは、俺がお前に好意を抱いてるって事までは分かってるんだな」
「・・・」
 が、そんな反応すら分かっていたと云いなたげな晃の笑みに、征城は顔を真赤にしながら更に俯いてしまう。
 初めて会っていきなりキスをされて、遊園地に連れて来られてエスコートされて、それで相手が自分に対して好意を持っていることに気付かなかった、なんて云う程征城も馬鹿ではない。
 が、はっきりと言葉にされるとは思っていなかっただけに、心の準備と云うものができていなかった。
 それこそ、朝は何があっても嫌われて帰ってこよう、くらいに思っていたのである。それが数時間のうちにここまで自分の気持ちに変化が起ころうとは、征城は全く考えていなかったのである。
「あんたってやっぱり変だ・・・」
「なんで?」
「だって、普通男が男に好きだなんて云わないだろ?」
「そうか?」
「そうだよ・・・」
 征城は小さく呟く。
 やっぱりおかしいのだと、間違っているのだと自分に云い聞かすような呟きであった。




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