先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−3−



 園内に入っても、やはり混んでいると云う印象は与えられないくらいの人影しか見えなかった。ただ人が全く居ないわけでもなく、時折「きゃー」と云った悲鳴があちらこちらから聞こえてくる。
 そんな声を聞いているだけで征城はわくわくしてくるのを抑えられずに、園内マップを片手にゆったりと歩く晃の服を引張る。
「なぁなぁ、どれから乗る?」
「俺は何回か来た事あるからお前乗りたいのでいいぞ」
「じゃぁ、何がお勧め?」
 うぅ〜んと、唸りながら晃はマップを広げてみるが、何度か来た事があるとは云ってもほとんど人任せだっただけに、一体何がお勧めで何が楽しげなのか全くわからなかった。
 お勧めねぇ〜。
「お前落ちる系とか回る系とかなんでも平気か?」
「平気平気っ!!」
「じゃぁ、とりあえず時間もあるし片っ端から乗ってみるか……」
「うんっ!!」
 征城はにこっと笑うと、晃の腕を取って一番近くにあるアトラクションへと走り出した。



「大丈夫か?」
 ベンチに突っ伏した征城の背中をさすりながら晃が聞く。が、征城は口元を押さえながら力なくふるふると頭を振るだけだった。
 ―――園内を半分以上回って、次にと征城が指差した先には可愛らしくペインティングされたコーヒーカップがあった。
 乗っているのは小さな子供や家族連れ多く、征城としても時間が無ければ単純なアトラクションとして目の端に止めることも無かったのではないだろうか―――それくらいお子様のための可愛い乗り物、と云うイメージが強かった。
 征城としては、絶叫マシーンが続いたので、このあたりでちょっとインターバル……くらいに考えていたのだが、そのことを後悔したのはベルが鳴り響き、カップが回りだした後だった―――折りしもそれは昼食と云う名の脂ぎったファーストフードをおなか一杯食べたばかりで……。
 アナウンスが流れコーヒーカップが動き出す。その動きは征城の想像通り穏やかな物であった。いっきに園内を走り回った疲れか、征城はゆったりとカップに寄り掛かりながら廻る景色を見ていた。
 そんな征城の姿を目の端に入れると、晃は悪戯を思いついたかのようににやりと笑い、カップの中心にある円盤型のハンドルへと手を伸ばした。
「なっ・・・・・・」
 いきなり凄い遠心力が征城を襲う。
 ゆったりと回っている周りのどのカップよりも、どう見てもどんどん激しく回転し始める自分達の乗ったカップの動きに、驚いたように征城は晃へと視線を向ける。そんな征城の視線の先で、晃は嬉々として真ん中の円盤型のハンドルらしきものを思いっきり回していた。
「ちょっ、何やってんだよっ」
「この方がスリリングで面白いだろ?」
 そう云いながら余計に晃は力を込める。その度に回転速度が増すカップの中で、征城は一瞬胃からこみ上げてくる吐き気に口元を押さえた。
「き、気持ち悪ぅ〜」
 食べたばかりの物が喉のところまで上がってきているような、頭の中をぐちゃぐちゃにされたような、なんとも形容し難い不快感が征城を襲う。
 あんたは何で平気なんだーっ!!
 と、叫べばそのまま戻してしまいそうで、征城は口元を押さえたまま目尻に涙を滲ませて「止めてくれぇ〜」と、晃に目で訴える。
「これ、一度反動付くと、なかなか止められないんだ・・・・・・」
 決してハンドルから手を離そうとはせず、にやりと笑う晃の顔に、征城は悪魔を見た気がした。


「歩けるか?」
「だめ……」
 カップからも一人で降りることが出来ないくらいふらふらになった征城を支えながら、晃は出口へと向かう。
 頭の中と地面ががぐるぐる回っているような、そんな錯覚を起こしてしまいそうになる。自分が真直ぐ歩けているのか、それさえも不安になるような浮遊感に征城は襲われていた。
「お前回る系も大丈夫って云ったじゃないか」
「あんなの……」
 やりすぎだ、と続けようとするが、口を開くと吐気がもよおしてきて、なかなか言葉を続けることが出来ない。
「あんたのせいだから……な…」
「じゃぁ、責任は取らないとな」 
 にやにやと笑みを浮かべながら出口をくぐると、晃は未だ足元がおぼつかない征城の体をそっと抱き上げた。
 一瞬驚いたように顔を上げ、濡れた瞳で晃を見上げる。普段であればそんなことをされれば大暴れしそうなものだが、征城はくたっと晃に体を預けると、そのまま大人しく近くのベンチまで運ばれて行った。
 ベンチに下ろされ大きく深呼吸すると、それだけで少し落ち着いてくる。が、決して吐き気や眩暈が納まった訳ではなく、征城はベンチの背に突っ伏したまま動こうとはしなかった。
「ベンチが動いてる〜。地面が斜めになってる〜」
 おかしな事を云い出す征城に、晃はさすがにやり過ぎたかとちょっと反省をする。反面、大人しく自分の腕に抱かれ涙目で見上げてきた、その瞳を思い出すだけで征城をその場に押し倒したくなるような、そんな衝動に襲われる。
 こいつを手に入れたい―――
 そんな、さっきまで形のはっきりとしなかった思いが、晃の中で大きく膨らんでくる。
 こいつの瞳に……
 完璧にはまったかも……
 こんな子供に、と云う驚きは自分自身でもあった。しかし、征城に対して湧いて来る愛おしさを止めることは出来なかった。
 晃は無言で征城の隣に腰を下ろすと優しく征城の背中に手を置いた。
「大丈夫か?」
 ベンチに突っ伏した征城の背中をさすりながら晃が聞く。が、征城は口元を押さえながら力なくふるふると頭を振るだけだった。
「何か飲むか?」
 その問いには一回だけ頭を縦に振る。
 その征城の答えに晃はきょろきょろと辺りを見回す。しかし見える範囲には飲み物を売っているような場所は見当たらなかった。
「とりあえず飲み物買ってくるからちょっと待ってろよ」
 そう云ってその場を離れようとする晃の洋服の裾を、征城は力なく掴んだ。
「すぐもどるから」
 力の入らない征城の手をそっと開かせ、晃はその耳元に優しく囁いた。




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