先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−4−



 晃が自分から離れ、飲み物を買いに行くのを目の端に捕らえながら、それでも征城は体を動かすことなくベンチへともたれ掛かっていた。
 なんであいつは平気なんだよ……
 なんで俺、側に居て欲しいなんて思っちゃったんだろう……
 自分の手をじっと見つめながら、征城は晃を引き止めてしまった自分の行動に驚きを隠せないでいた。
 自分から離れようとした晃の服の裾を無意識のうちに掴んでいた―――それは晃に手を開かされるまで自分でも気付かないくらい無意識のうちで。
 こんな時一人だと不安になるから……
 だから、だよな……
 突っ伏していたベンチから顔を上げ、征城は空へと視線を向けた。風が気持ちいいと、そう思えるくらいまで気分は復活していた。
 


「彼女具合悪いの?」
 いきなり掛けられた言葉に、征城はあたりをきょろきょろと見渡す。しかし、声を掛けてきた男の他には人影が無く……。
 彼女……?
 腹立たしい答えに行き着きそうで、征城はとりあえずその台詞を無視することに決めた。
「それとも機嫌悪い?」
 そう云いながら男は征城の隣へと腰を下ろす。
「ねぇ、彼氏に置いてかれたの?そんな薄情な彼氏ほっておいて僕達と遊びに行こうよ」
「……」
「大丈夫。怖くないから」
 にこにこと自分を指差しながら云う男に、征城は無言でちらりと視線を向ける。
 そこにはこんなところでナンパをするようなタイプには見えない男が座って居た。それこそそこら辺に立っていれば女性から声を掛けるであろう、優しげな中にも男らしさを感じさせるような、それはまさしく好青年と呼ぶに相応しい爽やかな青年であった。
 年の頃からすれば晃と同じくらい―――そして、晃みたいなタイプが「動」とすれば、その男の雰囲気はまさしく「静」と思わせるような雰囲気を持っていた。
 男も振り返った征城の顔を見た途端一瞬言葉を止める。
 ……さすがに女と間違えて声掛けてしまったとか思ってんだろーな。
 と思った征城の考えを否定するような声が上がる。
「美少女だぁvvv」
 語尾にハートマークが付いているようなその口調に、征城は一瞬呆けた後、がばっとベンチから立ち上がり、いきなりその男の胸倉を掴んだ。
「てめーの目は節穴かっ!!俺のどこが女に見えるって云うんだっ!!」
「え?全部」
 まったく悪びれずににこにこと即答する男に、征城の中でぶちっと理性の糸が切れる音がする。
「俺は男だ―――っ!!」
 掴んだ男の胸倉を引き寄せながら空いた右手を振り上げる。しかし、胸倉を掴まれ殴られそうになっても、その男は笑顔のまままったく抵抗しようとしなかった。それどころか、征城の振り上げた手を自分の両手でそっと包み込む。
「女の子は人に手を上げたりしちゃいけないんだよ」
「人の話を聞け―――っ!!」
「って云うのは冗談で、本当に男の子?あ、でも大丈夫。僕達男の子でも全然平気だから」
 その軽い口調に征城は脱力して男から手を離す。瞬間、一気に動いたのがいけなかったのか、激しい吐き気が征城を襲った。
 やばっ……
 口元を押さえながら近くにあったトイレへと駆け込む。一番手前の個室に飛び込むと、ドアを閉める間もなく征城は先程食べたものをほとんどもどしてしまっていた。
 鼻の奥にツーンと苦味にも似たものがこみ上げて来て思わず目尻に涙が浮かぶ。それを袖で拭いながら、征城はトイレの水を流した。
 もったいなぁ〜
 俺のお昼たちぃ〜
 こんなことならば我慢せずに最初っから吐いていればよかった、と、そう思う。食べたばかりでもったいないと、なんとか我慢して気分が落着いた矢先だったのだ。
 あの男のせいだっ!!
 洗面台でばしゃばしゃと手を洗い口をゆすぐ。一度吐いたおかげか、征城の気分はかなりすっきりとし、いつの間にか眩暈も治まっていた。
「はい、これ」
 と、後ろから出されたハンカチを何気なく受取り、征城は手と顔を拭う。拭いながら、あれ?っと考える。
 誰のだよ、これ?
 濡れた白いハンカチを握り締めたままくるっと振り返ると、先程自分が胸倉を掴んだ男がにこにこと笑顔を向けていた。
「あ、りがと……」
「いいって、いいって。で、具合はどう?大丈夫?」
「え……あ、なんか吐いたら平気になった」
 と、征城は素直に答える。
「そっか。じゃぁ、行こうか?」
「はぁ?あ、ちょっ」
 征城の制止も聞かずに、その男は強引に征城の腕を掴むと外へ向かって歩き出した。腕を掴まれているため、征城も引きずられるようにその男の後を着いて行く。
「ちょっと、俺あんたと何処かへ行く気なんてないんだけどっ」
 なんとか掴まれた腕を解こうとするが、見かけからは想像できないくらいの力で、征城にはその手を解くことが出来なかった。
「いいから、いいから」
 征城の方へその男は向き直って更に征城の腕を強く引き寄せようとする。征城もなんとか離れようとするが、その力が緩む事は無かった。
「いいからって、俺、連れが居るし……あっ……」
 征城が視線を上げた先に、片手にペットボトルを持ちながら不機嫌さを隠そうともしない晃の姿があった。見るからに怒っている晃の姿に征城はびくっと身を竦ませる。
 怒ってるぅ〜
 しかもかなり怒ってる〜
 この人殺されちゃうかも・・・・・・
 それとも俺?
「なんだ。もう戻ってきたのか……」
 征城の視線が自分の後ろに向いたまま固まったことに気付くと、男は溜息を付くと残念そうに一言そう云い、掴んでいた征城の腕をぱっと放した。




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