先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−5−



「なんでお前がここに居るんだ」
 晃の不機嫌そうな声が頭上から響いてくる。がっと腕を捕まれ引き寄せられる、そのあまりの怖さに征城はびくっと身を竦ませた。
「気分が悪くてトイレいったんだよ……」
 掴まれた腕を通して晃の苛立ちが伝わってくるようで、征城はおどおどと口を開いた。
「お前は黙ってろっ」
「へっ?」
 気が付くと晃は征城を背中に隠すように立っていた。もちろん隠す相手は先程から征城に絡んできていた男であり。
「雪都、なんでお前がここに居るんだ」
 きょとんとした征城の前で、晃が「雪都」と呼んだ男に掴みかかる勢いで問いただしていた。
 先ほどの晃の怒りが自分に向けられたものではない事に気付くと、征城はほっと胸を撫で下ろす。が、今度は雪都と呼ばれた男のことが心配になり、征城は目前で繰り広げられるバトルへと意識を向けた。
「答えろよ」
「なんでって云われても……僕達もここに遊びに来て、たまたま可愛い子が居たから声掛けてただけじゃないか、ねぇ」
 晃に詰め寄られてもまったく動じずに、雪都はにこにこと答える。しかも最後の「ねぇ」は晃の背中から覗き見る征城へと向けられていた。
「僕達って……まさか」
「ただでチケット貰えるなんて思ってたわけじゃないだろ?」
 雪都がにっと笑う。先程までの優しげな笑いとは違い、どちらかと云えば晃を挑発するような、そんな笑いであった。
 怖い・・・・・・
 この人こいつより怖いかもしれない・・・・・・
 晃の背中に隠されているため2人の表情などはよくわからないのだが、それでもひしひしと伝わってくる張詰めた空気が怖かった。
「帰りたい・・・・・・」
 不機嫌な晃にそれを煽る雪都―――先ほどまでの楽しさは何処へ行ってしまったのかと、晃の背中を見つめながら征城はぼそっと呟いた。


「よう晃、奇遇だな」
 征城の呟きにかぶるように晃へと掛けられた言葉とともに、どこに隠れていたのか晃達と同い年くらいの男が2人現れた。
 軽く手を上げにこやかに近づいてくるその男達に、晃は誰が見てもわかる
くらいの嫌悪を示していた。
「なぁにが奇遇だっ」
「いやぁ、今日は遊園地日和だよな」
「なぁにが遊園地日和だっ」
 吐き捨てるように云う晃をものともせずに、男達は悠然と近付いてくる。征城はそんな男達を晃の背中からこそっと覗き見た。
 晃と変わらないぐらいの長身の男が2人、雪都に何か話し掛けながらにこやかに近付いてくる。その男達は、一見いかにも最近の大学生と云った感じではあったが、その身に纏う雰囲気と容貌で周りから視線を集めていた。
 征城も一瞬目を見張る。
 なんでこんなレベル高い奴等がごろごろしてるんだよ〜
 一瞬晃の背中に戻り、そろっと再度覗き見る。それでもやはり驚きは消えることがなかった。容姿だけでなく―――晃にも云える事だが―――雪都を含む3人が3人共が人を引付ける、そんな雰囲気を醸し出しているのである。
 立っているだけの今でさえ周囲から視線が集まっているのである。3人で園内を回っていた時はさぞや注目を浴びていたことだろうと、素直にそう思う。が、実際は晃と征城の二人連れもかなり注目を浴びていたと云う事に、征城は気付いてはいなかった。
「雪都、最初っからこのつもりでチケット渡しやがったんだな」
 ぎっと睨み付ける晃の不機嫌さをものともせずに、男達は逆に雪都を守るように晃の前に立ち塞がる。
 むっとしながらも、さすがに3人相手は分が悪いと思ったのか、一瞬怯んだ晃を男達は容赦なく攻め続ける。
「やだなぁ〜。雪都は余ったからチケットを渡しただけで、そのチケットを晃が誰と、何時、使うかなんて分かるわけないじゃないか」
「そうそう、お前が海城の後輩に悪戯したとか、今日車を借りて何処かへ出掛けようとしてたとか、そんなこと俺達何にも知らなかったよなぁ〜」
「僕も初耳ぃ〜」
 と、2人の間から雪都が顔をのぞかせ頷き合う。
 征城は一人、びくびくしながら目前で交わされる4人の会話を聞いていた。
 ふと晃を見ると、握り締めたこぶしがふるふると震えている。
 怒ってるよ・・・・・・
 見てる俺が怖いよ・・・・・・
「それより彼を僕達に紹介してよ」
 と、雪都が晃の後ろに立つ征城を覗き込むように云う。急に振られて一瞬びくっとするが、にこっと笑顔を向ける雪都つられて征城も笑顔を返してしまう。
 すると、そんな征城の笑顔に3人から「おぉ〜」と感嘆の声があがった。
「なかなか可愛いじゃないか」
「晃の趣味も捨てたもんじゃないな」
「・・・・・・でもこの子の趣味は最悪かもね」
 最後に雪都がさらりと云った台詞に、晃は顔を引きつらせながら再度征城を隠すように立ち位置を変えた。
「なんでお前等に紹介しなくちゃいけないんだよ」
「何云ってんだよ。晃は俺達の親友だろ。その親友が恋人作ったって聞いたら祝福してやりたいって思うのも当然だろ」
「でも相手の名前も分からなくちゃ祝福できないし・・・・・・なぁ」
「そうそう、僕達晃の幸せを祝福してやりたいだけなんだから。そんなに警戒しちゃだめだよ」
 にこっと最後を締めるのはやはり雪都。
 あぁ、この人たち絶対煽ってるよ〜
 背中を見てるだけでもひしひしと晃の不機嫌さが伝わってくるにも関わらず、3人は全く気にせず―――それどころか更に不機嫌さを煽るような態度で接してくるのである。
 怖い・・・・・・
 こいつ等性質が悪すぎだ・・・・・・
 もう俺、逃げ出したい・・・・・・
 そう思ったのと、実際に足が動いたのとどちらが先だったのか・・・・・・。気が付いたら、頭の中で交差する「怖い」と「逃げ出したい」と云う欲求に突き動かされるように、征城は踵を返して走り出していた。
 その後のことなんて考えている余裕は無かった―――今この瞬間この場を離れたかった、ただそれだけだった。
「あ、逃げた」
 と云うとぼけたような雪都の声を背中で聞きながら、征城はそれでも足を止めることなく走り続けた。




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