先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−6−



 逃げ出したはずが、何故か今雪都と二人並んでウーロン茶を飲んでいる。そんな自分を不思議に思いながらも、征城は大人しくベンチに腰を掛けてストローを咥えていた。
 この場には居たくない、居たくはないけれど、なんとなく逆らい難い―――晃に感じるものとは全く違うが、雪都に対しても一種独特の怖さを感じていた。
「なんで逃げたの?」
 優しく笑顔で聞いてくる、そんな雪都に怖さを感じるなんて変だなぁ〜と、そう思う。思うけれど、隣に居るだけでそわそわしてしまう自分を、征城には止めることが出来なかった。
「なんでって、あんた達があいつを煽るから・・・・・・見てるだけで怖かったしさ・・・・・・気が付いたら逃げ出してた・・・・・・」
 走って走って、隠れてまた走って、疲れて何か飲み物を買おうと売店へ向かったらそこに雪都が立っていた。あっと思う間もなくジュースのカップを手渡され、征城は大人しく雪都と二人ベンチに並んで腰掛けることとなったのだ。
 なんで雪都がその売店に居たのかとか、なんで自分が雪都に促されるままにベンチに腰を掛けているのかとか、疑問は多々あるのだが、征城にはどうしてもその場を離れることは出来なかった。
「あぁ、晃は怒らせると怖いからね。ぎりぎりで引かないと大変なことになるからね」
 でも、もうちょっと行けたはずなんだけどなぁ、と晃が聞いたらよけい切れそうな台詞を雪都はさらりと云う。
「そうなんだ・・・・・・」
 そんな雪都を伺うように見上げながら、征城は残り少なくなったカップのふたを取り、氷をストローでガシガシとかき混ぜる。
「そうなんだって、よく知ってるから逃げたんじゃないの?」
「えぇ〜、俺あいつのことよく知らないよ・・・・・・」
「えっ?そうなの?」
 征城の言葉に雪とは驚いたような顔を向けてくる。
「そうなのも何も、俺会うこと自体2回目だし・・・・・・」
「へぇ〜そうなんだ・・・・・・」
 と、今度は何やら楽しそうに雪都が頷く。その姿を見て、征城はちょこっとやばかったかなぁ〜と思う。
 雪都の中で、自分と晃がどう云う関係だと思われているのか、それ以前に雪都と晃とがどう云う関係なのか、それすらも分からない内に色々話すのはやばかったのでは、と今更ではあるが思う。
「あんた達あいつとどう云う知り合いなの?」
「僕達も海城の卒業生なんだよ。晃とは中等部からの付き合いかな?」
 僕らも君の先輩だからよろしくね、と、にっこり雪都に微笑まれると、征城も頷くしかなく・・・・・・微妙な笑みを返した。
「いやぁ〜。でも、あんな晃をみられるなんて、今日は無理してでも来て良かったよ」
「あんなって?」
「誰かに執着してたり」
「声を荒げたり」
「そうそう、感情出しまくり〜って感じでね」
 と、最後を締めるのはやはり雪都で・・・・・・
 その直前の頭上から降りかかって来た2つの声に、征城は目をぎょっと見開きながら振り返った。
 そこには矢張りと云うか、先程まで雪都と一緒に晃を煽っていた男達が立っていた。
 あぁ、こいつらも居たんだ・・・・・・
 にこにこと征城を見下ろす2人の男達を交互に見やりながら、征城は引きつった笑顔を返すしか出来なかった。



 ピンポンパンポーン
 小野田圭一、加納司と名乗る2人の男達が加わり、征城が先程よりも更に居た堪れない時間を過ごしていると、4人の座るベンチの頭上にある拡声器から園内アナウンスを告げる鐘の音が流れてきた。
 続いていかにもな女性の声が「迷子のお知らせを致します・・・・・・」と告げる。
 なんでアナウンスと云うものはこんなにもゆったりといらいらさせるようなしゃべり方をするのかと、征城はそう思いつつも、拡声器から流れてきた「迷子」と云う一言に嫌な感じを覚えて、ついついそちらへと意識を向けてしまう。
 普通であれば全く気に掛からないであろうその言葉に意識が向くのは、やはり先程から雪都達が語る宮瀬晃の人物像故であり・・・・・・
 切れると怖いって云ってたけど・・・・・・
 まさかなぁ〜
 さすがに・・・・・・だよなぁ〜
 そう思いつつも、やはり不安を拭うことは出来ず、征城はそっと雪都達の方へと視線を向ける。その征城の視線の先には、ちょうど拡声器から征城へと視線を移しつつある雪都達の姿があった。
 征城と視線があった瞬間の、そのなんとも云えない雪都の笑顔―――その顔を見た瞬間、征城は自分の不安が的中すると云う嬉しくない確信を得て、そのままがくっと肩を落した。
「ストライプのTシャツに薄手のブルーのパーカーを羽織った……」
 そして自分の身に付けている物へと目を移し、そのまま羽織っていたパーカーを脱ぐと、こそこそとこちらを伺う通行者たちから隠れるように征城はベンチの後ろへと隠れる。
 せめてこの呼出だけでもやり過ごして即座に晃を探しに行こうと、そう思ったのだが……
「身長155センチくらいの可愛らしい……」
 そこでばきっとベンチへとパンチを入れる。
 だぁ〜れが可愛らしいだーっ!!
 最早晃が自分を呼び出していることは明白で、征城はぎゅっと拳を握り締めながら、隣で笑いをかみ殺している3人の男達をきっとにらみ付けた。
「あんたたちが煽るから俺がこんな恥ずかしい目にあうんじゃねーかっ!!」
 と叫んだ征城のその言葉は、しかしそれ以上に大きく発せられた圭一の爆笑に遮られた。
「もうだめ、俺耐えられねーっ」
 圭一が涙目で腹を抱えて蹲る。その瞬間・・・・・・
「ちょ、ちょっと、お客様困りますっ」
 と、拡声器から今までの作ったような女性の声とは打って変わり、いきなり現実味を帯びた驚愕の声が響いてきた。
 それこそそこかしこを歩いていた人たち全てが足を止めて、その声のする拡声器へと目を向ける。
 そして、その瞬間、マイクの音量も考えずに叫んだのであろう男の叫び声が響いてきた。
「てめーっ!!何時までも逃げられると思ってんじゃねーぞっ!!今すぐ案内所まで来いっ!!5分以内に来いっ!!」
 一呼吸の後
「来なかったら……分かってんだろうなぁ……」
 怒鳴られるよりも恐怖を煽る、そんな地を這うような声色で、晃は一言そう云った。
 青ざめつつ立ちすくむ征城の横で、ついに笑いを抑えられず腹を抱えて大笑いする3人の男達の姿があった。




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