先生のお気に入り





□■ 初デート編 ■□
−7−



 先程の場内アナウンスの後、4人で案内所付近まで辿り着くと、そこには憮然とした表情でベンチに腰を下ろす晃の姿と、その後ろで立て板に水の如く反応の無い晃に説教をする警備員の姿があった。
 それを見てまた笑い出す圭一の脇腹を雪都が肘で突く。さすがに笑うところでは無い、と云う事だろう。
 そして自分たちはその場に留まったまま、雪都は軽く征城の背中を押して晃たちの元へと向かわせた。
 その近付いてくる征城に気付くと、制止する警備員を無視しながら晃はベンチから立上がる。
「遅せーんだよ」
 ぼそっと呟くその口調は、今日一番の不機嫌さを表していて、征城はびくっと肩を竦ませて歩を止めた。そんな征城に近付いて腕を掴むと、他の全てをを無視して晃は歩き出す。しかし、その場を去ろうとする晃を許さないと云うように、先程まで晃に説教をしていた警備員が今度は征城へと声を掛けて来た。
「あぁ、君が迷子だったの?」
 その膝を折って、まるで征城と目線を合わせる様にかがみ込む警備員に、征城は引きつった笑みを返す。
 だぁ〜れが迷子だってーの・・・ 
「それにしても、彼お兄さん?弟さんが心配なのも分かるけど、ああ云うことは困るんだよね」
 と、晃では埒があかないとばかりに征城へと詰め寄ってくる。
「すみませんでした・・・」
 なんで俺が頭を下げなくちゃならないんだと思いはするが、ここはせめて自分が大人になってと、征城は警備員へと深々と頭を下げる。
「まぁ、無事に会えてよかったけど・・・」
 礼儀正しい征城の態度にちょっと気をよくしたのか、警備員は優しい笑顔を向けてくる。
「はい・・・あの、ちゃんと言い聞かせますから・・・」
 ちらっと晃に視線を向け、再度警備員に頭を下げる。
「まぁ、しっかりした弟さんでよかったよ。何気に迷子になったのはお兄さんの方だったのかな?」
「ははっ・・・」
 あまりにも露骨に晃を挑発するような警備員の言葉と態度に、征城は愛想笑いを浮かべつつ晃を伺い見る。
 しかし、すでに警備員を無視することに決め込んでいるのか、晃は全く反応を返そうとはしなかった。そんな晃の態度に、征城はほっと胸をなでおろす。
 もう誰もこいつを煽らないでくれ〜
 それだけが本音であり、今一番の願いであった。
「何やってんだ、行くぞっ」
 そんな征城の思いすら踏みにじるように、晃は征城の掴んだ腕を引張ってそのまますたすたと歩を進めようとする。
「ちょっ・・・」
 さすがに晃のあまりの大人気ない態度に、征城は驚いたようにその手を振り解く。
 その後ろでコホンと大袈裟に咳をしながら警備員は更にくどくどと文句を続ける。
 さすがにウザイとは思うのだが、晃の手を振り解いてしまった手前、征城としても動くに動けなくなっていた。
「それにしても最近の若者はなんなんだろうねぇ」
 最後にポツリと呟かれた警備員の言葉に、征城としてはすでに苦笑いすら浮かべることも出来きなかった。そして、どっち付かずの征城の態度が余計に晃の不機嫌さを煽っているのが分かっていても、2人の間にはさまれてその場を動くこともできなくなっていた。
 なんで・・・
 なんで俺がこんな目に遭わなくちゃならないんだよ・・・
 ふと視線を上げると、少し離れたところで自分を憐憫の目で見守る雪都たちの姿が目に入った―――が、圭一だけはまだ一人笑いを堪えている風であった。
 ってか、そもそもの原因はあんたたちだろーっ!!
 何とかしてくれーっ!!
 恨めしそうに視線を向けたその先で「仕方ないなぁ〜」と、声は聞こえなかったが、そう雪都の口が動いたように見えた。
「晃っ」
 そして晃の意識を自分に向けつつゆっくりと近付いて来ると、雪都はにっこりと警備員へと微笑んだ。その雪都の微笑みは、一瞬警備員を黙らせるのには十分な効果があった。それこそ、今の現状を忘れて征城までもが見惚れてしまうような、そんな笑みだったのだ。
 そして晃の耳元で何か囁くと、再度警備員に向直る。
「すみません。僕たちがはぐれてしまって・・・皆さんにご迷惑をお掛けしました。彼はちょっと短気なところがありまして・・・本当は反省していると思うのですが、なかなか素直になれない性格なんです」
 と、その場を収めるためとは云え、雪都は更に晃を煽るような台詞を続ける。
「ほら、晃も自分が悪いって分かってるんだろ?素直になって警備員さんにちゃんと謝れよ」
 そう諭すように云いながら、雪都は晃の頭に手を置いて警備員に向かって頭を下げるように強要する。
 そんな2人をハラハラしながら見ていた征城の前で、意外にも晃は雪都にされるがまま頭を下げた。
 嘘だろ〜っ!!
 その晃のいきなりの豹変振りに征城は目を見開く。それは警備員も同じ気持ちだったらしく、征城の隣で目をぱちくりさせていた。
 が、さすがに云いたい事もすっきり吐出し、そして自発的ではないにしろ頭を下げた晃にそれなりに納得をしたのか、警備員は大きくため息を付き、最後に一言「本当に最近の若者はねぇ〜」と呟きながらその場を去って行った。



 警備員の姿が見えなくなると、征城はふーっと大きく息を吐いた。自分でも気付かないうちにかなり肩に力が入っていたらしく、いっきに緊張の糸が解けてそのままそこへ座りこんでしまった。
「大丈夫か」
 そんな征城に、先程までの機嫌の悪さは微塵も見せずに晃が優しく手を差し伸べてくる。が、征城は素直にその手を取る事ができなかった。
「大丈夫じゃねーよっ!!」
 目の前に伸ばされた自分よりもはるかに大きい手を思いっきりはたく。
「大丈夫?」
 と、今度は雪都が手を差し伸べてくるが、征城はその手も思いっきり跳ね除けた。
「もうやだっ!!俺はもう帰るっ!!一人で帰るっ!!」
「おやおや、お姫さまはご機嫌斜めみたいだね」
「お前等のせいだろ」
「なんで僕等のせいなのさ?」
「お前等が来るからこんな事になったんだろうがっ!!」
 悲痛な征城の叫びも無視する2人のやりとりに、征城は目尻に涙を浮かべながら2人を睨み付ける。
「ありゃりゃ、泣いちゃったよ・・・ってか、晃・・・何顔赤くしてるんだよ・・・」
「うっせーな。赤くなんかなってねーよ」
「あぁ、だめだよぉ〜こんな所で欲情しちゃ〜」
 笑いながら云う雪都の言葉に、ガツンと晃の拳骨が飛ぶ。とは云っても、征城にはそれは和気藹々と云ったただの馴合いにしか見えなかった。
「そうだぞ、晃。征城君はまだ12歳なんだからな」
「青少年保護育成条例に引掛かるぞっ」
 そして、いつの間にか側に来て話題に加わっている圭一と司の姿を見た瞬間、征城の中で一瞬にして今まで押さえていたタガが外れた―――それこそ効果音が付くのであれば「プチッ」と音が聞こえたかもしれない。
 瞬間、パーカーのポケットに無造作に突込んであった防犯スプレーを取出すと、征城は4人の男たちに向けて思いっきり吹き掛けたのだ。




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