先生のお気に入り
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― 修学旅行編2 ―
釧路湿原展望台を後にしたバスは、鶴井、摩周湖、屈斜路湖、硫黄山と進み、その後一日目の宿泊先がある阿寒湖へと向かう。
硫黄山を過ぎてからは、バスは一度も休憩を取ることもなく白樺並木の道を進んで行った。 バスの中はほとんどの者が寝入っていたが、征城と場所を変わってもらって窓側を陣取った聖は、木々の間にたまに顔を出す蝦夷鹿に目を向けていた。さすがに釧路湿原以降不機嫌さを隠さない征城に声を掛けることはせず、一人ではしゃいでいた。 しかし、さすがに一人での時間に飽きたのか、聖は征城の肩を叩く。それを無視しつつ、逆にMDのボリュームを上げると征城は目を閉じた。そんな征城の態度に一瞬むっとした聖だったが、まったくこちらに意識を向けるつもりがないと悟ると、再度窓の外へと視線を向けた。 阿寒湖畔にある旅館にバスが到着すると、寝入っていた少年達も欠伸をしながら席を立ち始める。 「征城っ、早くっ」 バスの扉が開いてもなかなか立ち上がろうとしない征城に聖が呼びかける。 「……あぁ、もう着いたの?」 「寝てたのぉ〜?あんなにがんがん音楽鳴らしてぇ」 「寝てたみたい……」 大きく欠伸をするとやっと席を立つ。 他の生徒達はほとんどが降りてしまった後であることに気付くと、征城はリュックを背負うと出口へ向かった。 「月ヶ瀬、北条も早く旅館に入れっ」 忘れ物などのチェックのためバスに残っていた担任の教師に声を掛けられつつ征城と聖はバスを降り、自分達の荷物を持って旅館の入り口をくぐって行った。 「わぁ〜、広い部屋だぁ」 と、バスを降りるのは最後でも、部屋には一番乗りだと聖が部屋へと駆け込む。一部屋5人で使うその部屋は、窓が湖に面していて見晴らしもよく、広さが16畳と修学旅行にしてはなかなかの部屋と云えた。 「征城ぃ〜、湖の上でスノーモービルも出来るみたいだよぉ」 いち早く窓に向かい湖を見下ろす聖の視線の先には、湖上を駆抜けるスノーモービルやワカサギ釣り用のテントなどがあった。 「俺達も早く行こうよっ!!」 と、食事までの自由時間をすでに湖上へと向かった生徒を見つけると、聖は征城の洋服を引張ってせかす。さすがにスノーモービルには興味を覚えた征城は、他の同室者に一言云うとそのまま聖と一緒に湖へと向った。 「ねぇねぇ、スノーモービル乗ってみたいねぇ〜」 「ああ云うのは高いんじゃないのか」 凍った路面を滑らないように注意しながら進むのは思ったよりも時間と労力を要したが、慣れてくると凍った路面もそれなりのスピードで進むことが出来るようになる。 湖上に出ると氷の上に雪が積もっていて逆に歩きやすく、聖は目当てのスノーモービルに向かって走り始める。が、征城はそんな聖の後ろをマイペースに歩き続けていた。 ふと他に目をやると、雪像と写真を撮る者や、ワカサギ釣りのテントの中に居る者、スノーモービルの順番待ちをするものと、氷上には同じ制服の生徒達を多数見ることが出来た。 逆に征城に気付いて手を振って来る者もある。そんな彼らに軽く手を上げて応えつつ、征城は券売所に並ぶ聖に追いついた。 「なぁなぁ、征城も乗らない?一番短いコースならそんなに高くないしぃ〜、なんか皆も乗ってるみたいだよ〜」 「俺はやめとくから、聖乗って来いよ。写真撮ってやるからさ」 「えぇ〜。乗らないんだぁ〜。じゃぁ、写真頼んでいい?」 更に勧めることはなく、聖は自分のカメラを征城に渡すと2番目に短いコースの券を買った。 「6〜7分位って云ってたから待っててね」 専用の手袋を着け大きなヘルメットを被ると、一見しては誰が誰だかわからないくらいであるが、中学3年生にしては小柄な聖は同じ格好の生徒達の中でも見分けがつきやすい。 軽く指導員のレクチャーを受けスノーモービルに跨ると、聖は一回征城を振り向いた後、他のメンバーの後に付いてアクセルを握りこんだ。 一瞬がっと発進したスノーモービルはその後すぐに体勢を整え真直ぐに氷上を進んで行く。征城は、カメラを構え去りゆく聖の姿を一枚撮ると、今度はゴールへと向かって歩きだした。 「せいっ!」 後ろから掛けられた声に振り返ると、ヘルメットを被った宮城―――双子の弟が立っていた。 「みやも乗るのか?」 「とりあえずね」 ヘルメットの顔を覆っている部分を少し持上げ顔を出して宮城が笑う。ヘルメットを被っているため眼鏡を外しているその顔は征城と瓜二つである。 「せいは乗らないの?」 「今聖が乗ってるから写真係やってる」 「ふーん。一緒に乗ればいいのに」 「……まぁ……ちょっとね」 宮城の言葉に征城はそっと俯きながら言葉を濁す。そんな歯切れの悪い征城の態度に宮城はちょっと小首を傾げながらも、じゃぁ、と一言残すと氷上を友人の方へと向かって行った。 俺も乗りたかったけど…… でもなぁ〜 宮城がスノーモービルに跨る姿を遠くに見ながら、征城はちょっと違和感を覚える腰に手を置く。それだけで昨日の記憶が思い出されて、征城は一人顔を赤らめながら聖を待つ為にゴールへと向かった。 「すっごく楽しかったよぉ〜」 ゴールを通り抜ける瞬間と、ヘルメットを取ってスノーモービルに跨るスナップを撮ってくれた征城のもとへ息を弾ませながら聖が戻ってくる。少し雪の上の生活に慣れたのか、軽く小走りで近づいてくる聖は本当に楽しそうである。 「征城も乗れば良かったのにぃ〜」 「……今度な……」 「変なのぉ〜何時もだったら率先して乗ってそうなのに」 「で、この後どうする?」 腕時計を眺めながら、まだ食事までに大分時間あるけど……と聖の言葉をさえぎる様に征城が云う。 「そうだねぇ〜、とりあえずあれと写真撮るっ!!」 そう云って聖は今度は氷上に作られた雪像を指差し、そちらに向かって走り出した。 「走るなっ!!転ぶぞっ!!」 「大丈夫ぅ〜」 氷と雪の上を器用に走る聖の後を征城はマイペースに歩いていく。が、その先に居る人物を目に留めると、征城は露骨に嫌そうな顔を向ける。 「あれぇ〜宮瀬先生も来てたの〜?」 「あぁ、生徒達のお目付け役にね。月ヶ瀬と北条はスノーモービルに乗ってきたのか?」 「僕は乗ったけど征城は乗ってないよ〜」 後ろから嫌そうに近づいてくる征城を振返りながら聖は云う。 「そうか、北条弟の方は乗りに行ったみたいだけどね」 「ふ〜ん」 にこにこと邪気なく笑う聖に、晃もいつも征城に向けるような不敵な笑みではなく優しく笑いかける。そんな晃の態度を見ると、征城は少し悲しくなる。 なんで聖はそんなに優しく笑いかけるんだよ…… 俺なんか、晃のせいでスノーモービルにも乗れなかったのに…… と、どんどん自分が不機嫌になるのがわかるが、止めようと思って止められるものでもなく、晃と聖の許に付いた時には征城の顔は不機嫌そのものとなっていた。 「なんだ、北条は機嫌悪そうだな」 「そうそう、なんか今朝から悪いし、釧路湿原の後なんてもう最悪だったんだよぉ〜。ちょっと機嫌直ったと思ったらまたそんな顔するし〜」 最初は晃に、最後は征城に向き直って聖は云う。が、征城はむすっとしたままであった。 「じゃぁ、俺が写真撮ってやるよ」 そんな征城の態度を意にも介さぬように、晃は征城の首から提げてあるカメラを取ると、征城と聖をピカチュウを形取ったと思われる雪像の前におしやりカメラを構える。 「ほらほら、北条ももっと笑顔でっ!!」 「そうだよ征城笑ってよぉ〜」 聖の言葉に、征城は仕方なさそうに笑顔を作る。 雪像の前でピースをつくる聖とぎこちない笑顔を作る征城の写真を撮ると、晃はそのカメラを征城の手に置いた。 征城はその手に乗せられたカメラと一緒に、小さな紙が渡されたことに気付く。 その紙片に何が書かれているのかはそれなりに想像が付く。一瞬このまま捨ててしまおうかとも思ったが、誰か他の生徒に拾われる可能性を考えて、征城は聖に見られないようにその紙片をそっとポケットへと移した。 「なに機嫌悪くしてるかは分からないが、せっかくの修学旅行楽しまなくちゃだめだぞ。あと、あんまり遠くに行くなよ。とりあえず6時半から食事だからそれまでには一旦部屋に戻るようにな」 征城と聖に一言残すと、晃はその場を離れる。 「先生転ぶなよぉ〜」 去り行く晃に大きく手を振りながら聖が叫ぶと、晃も振り返り大きく手を振る。そんな二人を交互に見ながら征城は小さく溜息をついた。 |