先生のお気に入り
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― 修学旅行編3 ―
雪像と写真を撮り、ワカサギ釣りを見学し、征城と聖は薄暗くなった氷上を旅館へと向かった。
聖は少々はしゃぎすぎたのか言葉少なく征城の横を歩く。 湖からホテルの横を抜け表通りに出ると土産物屋が並ぶ。買い物をする生徒の姿もちらほら目に入るが、征城と聖はそのまま旅館へと向かった。 「雪の上って結構歩くの疲れるよねぇ〜」 「慣れないからな……」 大分慣れたとは云え、ちょとでも気を緩めるといきなり足を滑らせたりする。湖の上はまだ雪が積もっていたのでよかったが、表通りに出ると道はかなり氷結していて、二人は何度も滑りそうになるのをお互い差さえあって進んだ。 そうこうするうちに旅館に着くと、すでに6時を過ぎていた。部屋へ戻ると、他の班員は誰も外に出なかったのか、畳んだ座布団を枕にいびきをかいていた。 「もう食事だし起こしたほうがいいよねぇ〜」 と云うと、聖は窓を上げ窓枠に付いた雪を取ると、寝ている3人の首へと擦り付ける。 「ひゃぁーっ!!」 「ぎゃっ!!」 「ぎゃぁーっ!!」 と、3人共が奇妙な声を上げてがばっと起き上がるが、一瞬何が起こったのか分からない様にあたりを見回した後、聖の手に握られた雪の塊を見つけて、肩を落とす。 「聖かぁ〜、驚かすなよ……」 まじびびったと、班長を務める飛田美久が云う。「みくちゃん」と呼ばれるこの少年は中学3年にしては体が大きく、聖と並ぶと頭一つ以突出している。 「もうすぐ食事だしさぁ〜。北海道を堪能って感じの起こし方でしょ?」 まったく悪びれず、聖がにこにこと笑う。 そんな聖の笑顔に勝てるものなど誰一人居るわけもなく、逆に起こしてくれてありがとうとか云い出す輩まで出てきた。 そんな同室者達にはわき目も振らず、征城は自分の荷物のところへ行くと、先ほどポケットへと入れた紙片をそっと取り出した。 ―――407号室。 そこには部屋番号だけ書かれていたが、それが晃流の呼び出し方であることはすぐに判別できた。 こんなもんよこして…… だぁ〜れが行くかってんだっ!! 征城はその紙をぐちゃぐちゃに丸めるとゴミ箱へと投げ捨てた。 夕食を食べ、温泉に入り、運良く湖側の部屋だった征城たちの部屋には、逆側で湖を見ることが出来ない部屋の住人達が集まっていた。 毎夜8時から湖上で打ち上げられる花火は、多くのホテルから見ることが出来、中には部屋で食事を取りながら観る客も多いらしい。 「あがったぁ〜」 7時半になり部屋の電気を暗くすると、目が慣れる間もなく湖上から天空へ向けて光が駆上がる。その瞬間大きく光の花を咲かせ、また闇が訪れる。 各部屋から歓声が響き渡る中、氷の世界に咲く美しい花々に多くの者が心奪われていた。 「なんか、冬の花火もいいよな」 「うん、花火の光で一瞬だけ向こうの山々が見える瞬間とかなんとも云えないよなっ!!」 花火が上がるたびに口々に褒め称える言葉が聞こえる。そんな中、征城一人少し離れた場所で、お茶を片手に考えに耽っていた―――花火が上がり光でその憂いの顔が映されるごとに、何人もの少年が見惚れているのにも気付かないくらいに。 修学旅行2日目は、網走へと向かい、網走監獄博物館を観た後、オーロラ号と云う砕氷船に乗り、宿泊先である知床宇登呂まで向かうと云う行程であった。 網走監獄博物館では雪の中見学をし、所々に設置されている人形と写真を撮ったり、監獄の中へと入ったり、お土産を買ったりと班別に分かれて行動した。とは云っても、博物館自体がそんなに大きなものではなく、そこかしこを海城学園の生徒で埋め尽くしている感じであった。 征城たちの班も、他の班と変わることなく見学し、聖の写真に付合ったりしながら30分ばかりを過ごした。 最後には雪合戦をしたり、設置されているそりを使って遊んだりと、見学よりも雪遊びが主になってしまっていた。 「征城ぃ〜見てぇ〜」 征城が振り向くと、雪の中に背中から倒れて埋まっている聖がいた。 「濡れるぞ」 「へへぇ〜ん。北海道の雪はさらさらだから服に付いたのも払えば大丈夫なんだってよぉ〜。僕絶対これだけはやりたかったんだよねぇ〜」 やっぱり寒いけどぉ〜と、さすがに立ち上がって聖は服に付いた雪を手で払う。東京のものとは雪質が違うのか、聖が云うとおり雪を払ったら聖の服はほとんど濡れていなかった。 「ちゃんと写真撮ってくれた?」 「……撮るからもう一度寝そべてみろよ」 「えぇ〜、撮ってないのぉ〜。簡単に云うけど結構雪冷たいんだよ〜」 と、嫌がる聖の背中を押し、再度雪の中に寝かせると征城はカメラを構えた。 「次はオーロラー号だねぇ〜」 「流氷だろ?氷なんか見て何が楽しいんだ?」 バスに乗って移動が始まると、聖はまたまたガイドマップを取り出す。 「なんかぁ、流氷の上にアザラシとか色々居たりするんだってよ〜」 と、ガイドブックの写真を征城にも見えるように本を傾けてくれるが、征城にはそれがアザラシなのか、それともただのゴミなのかまったく区別がつかなかった。 「そう云えばさぁ」 いきなり思い出したように聖が云う。 「何?」 「さっき宮城とお土産屋さんで会った時聞いたんだけど、なんか変なんだって〜」 「変て、何が?」 今回の旅行ではクラスでの動きが大半を占めるため、クラスの違う宮城とはなかなか顔を合わせることがなかった。 「宮城のクラスに宮瀬先生付いてるじゃん。なんか、今日機嫌悪いのか体調悪いのか知らないけど、すっごく変なんだって」 「宮瀬がねぇ〜」 聖の台詞に一瞬どきっと心臓が跳ね上がる。 ……晃、具合悪いのか? 「先生のくせに体調管理もできねーのかよ……」 心配する気持ちとは裏腹にやはり口から出るのは憎まれ口であった。 「きっつぅ〜。って、征城にとってはクラブの顧問でもあるんだろぉ?もっと優しく接してあげなきゃぁ〜。先生だって人間なんだから体調崩すこともあるってぇ〜」 「……」 「今夜オーロラ見に行くのも宮瀬先生は行かれないかもねぇ〜」 写真沢山撮って先生にも見せてあげよぉ〜と、続けながら聖は再度ガイドブックへと視線を移す。 その視線の先には、今日の宿泊先となる宇登呂でやっている『オーロラーファンタジー』の特集が組まれていた。 七色に輝くレーザー光線が雪煙に反射して幻想的なオーロラを作り出す。オーロラだけではなく、レーザー光線を使ったかなり派手なショーになっているらしく、氷点下10度近くの中で行われているにも関わらず、かなりの観光客が集まるらしい。 「昔は本物のオーロラ見えてたんだってねぇ。すごいよねぇ」 にこにことすでに晃の話題は忘れたかのように話を続ける聖の横で、征城は心ここに在らずと云った風で窓の外を眺めていた。 もしかして昨日夜中まで起きて待ってたとか…… まさかな…… でも…… そんなことはないと思いながらも、もしかしたらと云う思いが止められない。 俯きながら親指の爪を無意識のうちに噛む。 すでに出会ってから2年以上経とうと云うのに、未だ自分は晃に適わない。それどころかどんどん引き離されている、そんな気持ちが自分を素直にさせない原因であることは征城自身が一番分かっていた。 ―――せめてこんな時くらい…… 征城はまた一人溜息を付くと、一度晃のところへ行こうと、そう決めた。 |