先生のお気に入り
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― 修学旅行編4 ―
「手首が痛い……」
全てのことが済むまで結局手錠を外してもらう事も出来ず、征城は擦れて血が滲んでいる手首を眺めながら晃を睨んでいた。 「せめて手錠は外せって何度も云ったのに……」 「……」 「血が出てる……傷になってるっ」 ぎっと晃を睨みつけても、晃はまるで気にしていないようにタバコを燻らせている。 「オーロラも見に行けなかった……スノーモービルも乗れなかった……俺、結構楽しみにしてたのに……」 さすがに涙声になると、晃もタバコを消しながら征城のほうへと視線を向ける。 「お前のせいだぞっ!!」 征城のほうへ顔を向けた瞬間飛んできた枕を器用にキャッチすると、晃は涙を浮かべている征城の目元へと唇を寄せ、そっと零れそうになっている涙を舌ですくう。 「悪かったよ……」 「全然悪いと思ってないだろっ!!」 「……なんでわかる?」 「顔がにやけてんだよっ!!」 晃から枕を奪い返すと、征城はそれで晃をばしばしと叩く。さすがに枕とは云えども何度も叩かれると痛いらしく、晃は顔を歪ませる。 「……お前が昨日大人しく来てればよかったんだよ」 「人のせいにすんなよっ!!」 最後に思いっきり晃の顔を枕で叩くと、征城はベッドから立上がりドアへ向かおうとする。 そんな征城をやれやれとばかり後ろから抱きしめ動きを止める。 「分かった、分かった。俺が悪かった。お前がスノーモービル乗れなかったのも、オーロラファンタジー見られなかったのも、手首に傷を作っちゃったのも、み〜んな俺が悪いんだな」 「全然悪いと思ってる口調じゃないっ!!」 「悪かったって。今回は反省してるから……」 そう云いながら征城の手を取ると、自分の口元まで持ってきて傷口に唇を当てた。 「あぁ、これはまじで痛そうだな」 乾いた血を舌先で舐める。 「痛いって……やめろよ……」 「責任は取らなくちゃな」 執拗に傷口を舐められると、最初はずきずきと痛んでいた手首からだんだんと痛み以外の感覚が生まれてくる。 くちゅ…… 「―――っ」 いきなり吸われた傷口を広げるかのように晃の舌に力が入ると、征城は痛みに身を竦ませる。 そんな征城の手首を離すことなく晃は執拗に傷口を弄り続けた。 「痛いから離せよ……」 「ちゃんと責任取って消毒してやってんだろ」 唇と舌を赤く染めながら、それでも晃は征城に自由は与えない。 「もういいって云ってんだろっ!!」 「だめだめ、ほらここも……ここも……」 手首の傷口を舐めていた唇が少しずつ位置を変えてくる。 「そこは違うだろっ!!」 「いやいや、ここも……」 首筋まで移動してきた唇が、触れるか触れないかの位置で止まる。先ほどまで煽られていた体だけにちょっとした刺激で熱くなる―――そのまま耳元まで移動してきた晃の舌が耳朶に触れた瞬間征城の体が大きく跳ねた。 「お、俺が悪かったからっ!!」 そう征城が叫んだ瞬間、晃は征城の拘束を解いた。 「分かればいいんだ」 にやりと不敵な笑みを浮かべているであろうことは、振り返らなくても分かることで―――なんでこんな男を好きになってしまったのだろうと、征城は大きく溜息を付いた。 きちんと傷を治療してもらってから、なんとか晃の部屋から逃げ出し征城は自室へと戻る。まだ誰も帰っている様子は無い暗い部屋へ足を踏み入れると、征城は電気も点けずに布団の上へと寝転がった。 あの野郎ぉ〜滅茶苦茶やりやがって…… 手首痛てぇ〜 白い包帯を巻かれた両手首に目をやる。明日以降、どうやって他の生徒に見つからないようにするか、洋服を着ればなんとか隠れる部分ではあるが、温泉や寝巻きに着替えたり顔を洗ったりする時には絶対に見つかってしまう、そう考えるともう溜息を付くしかなかった。 もうこの旅行中絶対あいつには近づかないっ!! 征城はぎゅっと拳を握りしめた。 征城がうとうとしていると廊下からざわめきが聞こえてきて、オーロラファンタジーから皆が戻って来た事が分かる。征城は布団に潜り込んで狸寝入りを決め込むことにした。 がらっと横開きのドアが開き電気が点けられる。目を瞑っていても一瞬眩しく感じて目をぎゅっと瞑る。 「征城発見〜」 食事の後に姿を消したまま、オーロラファンタジーの会場でも見つけることの出来なかった征城の姿を見つけると、聖はコートを脱ぎながら征城の枕元にちょこんと座る。 「ねぇ〜ねぇ〜、どこ行ってたんだよぉ」 がしがしと布団の上から揺さぶると、さすがに諦めたのか征城が布団から頭を出しそっと目を開ける。 「探したんだぞぉ〜」 「悪かったって。気が付いたらもうバスが出た後だったからここで休んでたんだよ……」 嘘は云ってないよな…… 布団の中から決して腕を出すことなく、征城は一言謝ると聖に背を向ける。 が、そんな事で許すはずも無く、聖は再度布団を揺すった。 「征城ぃ〜」 「俺は今日はもう寝る」 「ちぇっ。今から皆でトランプやろうって云ってたのにぃ」 「俺は寝るっ!!」 布団を頭からがばっと被り周りからの音を遮断する。やがて諦めたように聖の気配が枕元から消えると、征城はほっと息を付く。 ごめんなぁ〜聖……。 ぐぐっと拳を握り締めるとそれだけで腕に痛みが走り、くっと力を抜く。が、それでは怒りが収まらなかった。 東京戻ったら覚えてろよ〜 絶対ぎゃふんと云わせてやるっ!! と、逆に絶対云わされるであろうことは考えずに征城は目を閉じて眠りに付いた。 翌日目が覚めて、征城がしわくちゃになった制服に大騒ぎするのはまた後の話―――私立海城学園中等部の修学旅行はまだ、半分の日程を終えたばかりであった。 |