先生のお気に入り


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「だーっ!!そこどいてーっ!!」
 北条征城はそう叫びながら―――叫ぶだけで決して避ける事は出来ずに―――そこに寝転がっていた男に突っ込んでいった。


 その日、宮瀬晃は一昨年卒業した母校へと足を運んだ。今年大学3年に進級し、来年には教員免許を取るためにこの母校へ教育実習生として訪れたいと思って、事前の挨拶に来たのである。
 教師になんかなるつもりは全く無かったが、この不況のおり資格はもっているに越したことは無いと云う友人の言葉に引きづられるように、晃は資格試験を受けまくっていた。教員免許も取っておいて損は無い位の勢いで教職課程の単位を一通り取り、ここまできたら実習も受けて免許を取ってしまえ程度の意気込みであった。
 そう、どこかで教職課程の単位を一つでも落としていたら、今晃は決してこの場所には居なかったはずであった。晃にとってそれくらい教師と言う職業に思い入れも無ければ、免許を取るだけで実際に教師として働く自分の姿を想像することも難しいほどであった。
 一通り世話になった先生方に挨拶をし、懐かしい放課後の校舎を歩き、最後にと訪れたのは在学中晃の一番のお気に入りの場所、体育館裏のちょっとした広場であった。そこの少し草が茂った場所へ腰をおろす。
「さすがに人は居ねぇ〜なぁ」
 卒業して二年、なんだかんだと云いながら自分はこの学校が好きだったのだ、そう思いながら晃はそのままそこに寝転んだ。二年前には毎日のように見てきたこの景色を懐かしく思う。
 中学進学と同時にこの学園の寮生となり、決してまじめではなかったが、それなりの学生生活を送った6年間は、今思えばいい思い出であり、実際に今の自分を作り上げるのに一番影響を受けた時間であった。
 そう、ここが自分の出発点だった・・・
 少し風を肌寒く感じながらも、梅雨の合間の五月晴れの中に身を置いた。
 この見上げる空も、自分を取り巻く空気も、そう、すべてがあの日のままだと・・・そしてうとうととしかけたその瞬間に、寝転んだ晃の上へ少年が叫び声とともに飛び込んできたのだ。


「ってめーっ!!なにしやがるんだっ!!」
 気分よく寝転んでいた晃の上に覆い被さるように飛び込んできた少年は、綺麗な顔立ちをしていたが、晃から見るとまだまだお子様の域を抜け出しては居なかった。ただ、その顔立ちに不釣合いな気性の荒そうなその瞳が晃の興味を引いた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
「お前名前は?」
「えっと・・・北条」
「下の名前だっ!!」
「征城・・・あの・・・急いでるんで・・・」
 そう云うと、晃の上から立ち上がり征城はまた走り出そうとする。そんな征城の腕をつかむと晃はぐっと引き寄せた。
「人が気分よくしてるところへ突っ込んできてそれだけか?」
「っ・・・」
 その晃の言葉に何か言葉を返そうとするが、体育館の表の方から来る人の気配に征城はびくっと身を竦ませて再度逃げ出そうともがく。しかし、そんな征城を晃は離そうとはせず、逆にぐっと引き寄せると近づいてくる人の気配へと視線を向けた。
「そこに居る奴ら出て来いよ」
「え、宮瀬先輩・・・?」
 その言葉と共に姿を現した4人の男達は、自分達が追っていた少年が一緒に居る人物の顔を見た瞬間表情を凍らせた。中には他の仲間の背中にこそこそと隠れる者も居る。
「こんながき相手に4人も掛かって何やってんだ?」
「いえ、そいつがちょっと生意気だったんで・・・」
 さっきまでの自分に対する態度とあまりに違うその男達の怯えた態度に、征城は彼らの畏怖の対象である自分を離さない男を見上げた。
 座っているからはっきりとは云えないが、そんな姿勢でも征城よりも頭ひとつ以上大きく、立てば180をゆうに超えていることがわかる。そして4人の男を威圧する瞳。整っている顔だけに、その不機嫌そうな瞳は余計に相手に恐怖心を植え付ける。
 ―――やばい人に捕まったぁ〜、と征城は自分の不幸を嘆いた。
 
 この状況はまさに前門の虎後門の狼・・・である。






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