先生のお気に入り


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 私立海城学園の入学式から早一ヶ月、だが北条征城の生活は未だに落ち着きを見せてはいなかった。
 何故か毎日のように来る上級生からの呼出し・・・最初は何事かとびくびくしながら呼出しに応じていた征城だが、それがあまりにも不条理なものだと言うことがわかると、それ以降は無視の一手を決め込んでいた。


 なんで、この学校は男が男に交際を申し込むんだ―――っ!!
 昼休みの屋上でフェンスに向かって叫びたいのを堪えながら、征城は振り返って自分と同じ顔をして昼食のパンを頬張っている少年へきっと顔を向けた。
「って云うか、なんで俺とみやは同じ顔なのに俺ばっか呼出し掛かるんだよっ!!」
「同じ顔って云ってもやっぱ違うし、それに僕は最初から呼出しなんか無視してたからね。やっぱりほいほい付いてくる馬鹿の方が落としやすいとでも思われたんじゃないの?まぁ、どう見てもせいのほうが可愛いし」
 にこっと笑いながら、語尾にハートマークを付けさらっと云いきるのは、見た目は征城と同じ顔をした北条宮城―――征城の双子の弟である。
 だぁ〜れが可愛いんだっーっ!!
 全く同じ作りした顔のくせにっ!!
 征城と宮城の見た目の違いと云えば、髪の毛の分け方と眼鏡を掛けているかどうかぐらいである。初対面で二人を判別できる者は皆無と云ってもいいだろう。だが、そこはかとなく滲み出る雰囲気が、二人の違いを顕著に物語っていた。それこそ二人をよく知った者であれば瞬時に分かるくらいの違いがある。

 征城はどちらかと言えば一本気な性格をしていて、考えるより前に行動する猪突猛進型であり、その為に小学生の頃から巻き込まれた争いは数知れず。卒業する頃には同じ小学校の生徒どころか、同じ地区の中学生にまでその名が知れ渡り、進学する予定であった公立中学では、すでに上級生から目を付けられていて危険だと言う噂までが立っていたほどである。
 そんな征城に比べて、宮城はなんでも卒なくこなす優等生タイプ。ただし、怒らせると誰よりも怖いことは、それも征城同様周知の事実でもあった。がむしゃらに力でねじ伏せるタイプの征城とは違い、宮城はよく言えば頭脳的に、悪く云えばただの策略によって相手を陥れるタイプであった。

 こいつ顔と性格ギャップがありすぎだよなぁ〜、とはお互い口には出さないが、相手への正直な感想以外の何物でもない。
 そんな二人を一番良くわかっていたのが母親であり、宮城には「あなただけが頼りだから、征城を頼むわよ」、征城には「お兄ちゃんなんだから宮城を頼むわよ」と言い聞かせて、この一部寮生を受け入れている海城学園へと二人を押し込んだのであった。


「で?今日はどれくらいのお誘いがあったの?」
「お誘いとか言うなよ・・・、とりあえず靴箱に2通と机の中に1通。って云うか、この机の中に入れてくる奴もう5回目なんだけど・・・」
 ひらひらと便箋を風にはためかせながら、征城は半分泣きそうな顔である。
今回親元を離れ寮生活に入るにあたり、征城は喧嘩をしないことを親と約束させられていた―――やぶれば即仕送りストップである。
「一発殴ってやればこいつらも目ぇ覚ますのかなぁ?」
「って、全部が全部如何わしいお誘いじゃないんだろ?この間の体力測定の結果が出て運動部がせいのこと獲得に走ってるって聞いたし」
 入学してまだ一ヶ月しか経っていないと言うのに、宮城の情報網はすでに確立されていて、その仕入れてくる情報の精密さには高等部の生徒ですら舌を巻くほどであると云われていた。
 情報が全てを制するのだ、とは宮城の持論らしいが、征儀に云わせてみればなんとも中学生らしくない持論であった。
「だって俺とっくにバスケ部へ入部届出してるし・・・どっちもどっちで煩わしいお誘いなんだよっ!!」
「まぁ、バスケ部入って牛乳飲んだからって身長が伸びるわけでもないと思うけど・・・」
 休み時間ごとに牛乳を飲んでいる征儀を可愛く思いながらも、牛乳嫌いの自分とほとんど身長が変わらないと云う現実に、ある意味無駄な努力してるよなぁ〜と常々思っている事を、宮城は決して口に出すことはなかった。
 無駄とは云え努力をすることはいいことであるし、そう云う宮城には理解のしがたいところで努力を重ねる征儀が宮城にはとても可愛く見えるのだ。
「俺のほうが5ミリも高いだろっ!!」
「毎日リットル単位で牛乳飲んで、身長伸びると云われるスポーツをやって、それでも何にもしてない僕とたった5ミリしか違わないんじゃない」
「今年は5ミリでも来年は1センチ、3年後には2センチ違くなるかもしれないだろっ!!」
 2センチね〜
 たかが2センチ、されど2センチ・・・そんなことで熱くなる性格が上級生から可愛いと云われてるなんてせいは知らないんだろうなぁ〜
 まぁ、馬鹿な子ほど可愛いって云うし・・・
「まぁ、部活のほうは掛け持ちする気が無いならその辺はっきりさせて、部活の先輩にでも煩い輩をどうにかしてもらえば?云っとくけど、暴力沙汰だけは許さないからねっ!!」
「あったりまえだろっ!!俺はこれからの六年間は大人しぃ〜く過ごすのっ!!」
 そう、大人しくっ!!
 喧嘩はしないっ!!
 目立たないっ!!
「そうそう、僕を見習って大人しぃ〜くしてたら仕送りストップなんて事も起こらないしね」
「みや見習ってたら人格最悪人間になるだろっ!!俺が目指してるのは、喧嘩はしない、捲き込まれない、何処にでもいる目立たない一般生徒っ!!」
「せいの性格からして無理だと思うけど・・・まぁ、僕も連帯責任で仕送りストップされるの辛いし、せいのその心意気が成就するように陰ながらお手伝いさせてもらうよ・・・」
 最後のパンを頬張りながら宮城は云うと、飲み終わった牛乳パックを潰している征城に向かって言葉を続ける。
「先輩に聞いた話しじゃこんな馬鹿騒ぎも例年5、6月には一段落着くらしいから・・・」
 と、宮城は一呼吸置くと征城の耳元へ口を近づけた。
「まぁ、それまでなんとか貞操守るように頑張って・・・」
「―――っ!!」
 くすくす笑いと共に耳元へ囁かれたその言葉に、兄弟喧嘩で弟を半殺しにしてもやっぱり仕送りストップになるのだろうかと、征城は真剣に考えずにはいられなかった。






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