先生のお気に入り


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 校舎を出て中庭を走り抜けると、正面にホールが見えて来る。そのホールの裏側の階段を下りると征城は運動場へ走り出た。
「第一体育館って運動場の方じゃなかったっけ?」
 どう見ても、今征城の立っている位置からは体育館らしき建物は見つけることができず、運動場での陸上部の練習風景とその先にあるテニスコートを見ながら、征城は自分の間違いを悟った。
 俺って方向音痴〜?
 確かに入学式直後のオリエンテーションで、学園内の全ての施設を見学して回ったのだが、いかんせんこの敷地は広すぎで、征城は自分の関係する校舎や施設以外はほとんど位置も名前もうろ覚えであった。
「確かこのホールの近くだったと思うんだけど・・・」
 今来た方向を振り返ると、たかが学校にこれだけの大きさの物が必要あるのだろうか、と云うくらいのホールが建っている。征城も入学式で一度中に入ったのだが、その広さ、収容人数、設備共に近隣のホールの中では群を抜いていると云う話であった。
 演劇部、オーケストラ部等にはありがたい代物らしいが、征城のような体育会系の人間にとってはその価値が全く分からなかった。ただし、この学園はこのホールだけに資金を費やしたわけではなく、体育設備の充実度、寮や校舎の快適度と、それこそ都内では争うところも無いほどの充実振りであった―――その分立地条件の悪さも争うところ無しっ!!と、もっぱらの評判であった。

 征城は今来た道を引き返すと、今度はホールの正面玄関に沿って坂を下った。そのまま道なりに左手へ折れると、木々の向こう側に体育館らしき建物が見えて来た。
 そうそう、ホールの裏側じゃなくてこっちだったんだ〜
 俺って記憶力抜群じゃぁ〜ん
 目の前に迫ってくる建物の入り口上部に『第一体育館』と云う文字を見つけると、征城は走るのをやめ辺りを見渡した。
 グラウンドとは違い、今日はどこのクラブも使用している風ではなく、夏の初めとは言え木々に囲まれて少々薄暗い体育館は、普段近寄る事の無い征城にとっては少々薄気味悪く感じられた。
 人の気配の感じられないその体育館は、空気までひんやりとしていて、初夏であるにもかかわらず征城は一瞬身震いをした―――それが寒さのためか、はたまたこの体育館に感じる気味の悪さのせいか、それは征城自身にも分からなかった。
 そっと入り口に近づき、ドアの隙間から中を覗き込む。バスケットのコートが3面あるこの体育館は、主に高等部の生徒が使用することが多かった。中等部の生徒も学外との練習試合等の時には使用することもあるらしいが、征城は今まで使用したことは全く無かった。
 隙間から見える限りでは人の姿は無く、ドアの隙間からは片付け忘れられたのであろうバスケットのボールが一つ端の方に転がっているのが見えるだけであった。
「明日だったのかな・・・」
 一生懸命走ってきたことが徒労に終わったことは悔しかったが、反面、そこに誰の姿も無かったことは征城にとってはありがたいことであった。今日は時間が無かったから一人で来てしまったが、どう考えても宮城に相談してからの方がよかったと、征城はそう考えていた。
 ・・・合成写真とかって、いかにもおたくって感じだもんな・・・、こう云うわけわかんない奴の相手は俺より絶対みやだよなっ!!
 とりあえず部屋帰って・・・、の前に教室戻って鞄と宿題のノート取ってこなくちゃだよ〜
 自分が何のために一度帰った寮から教室まで戻ったのかを思い出して、征城は溜息を付いた。すでに征城の頭の中は写真のことよりも明日提出の宿題のことで埋まっていた。
 征城が教室へ戻ろうと体育館へ背を向けた瞬間、いきなりその扉が開いた。
「遅かったな」
「―――っ!!」
 人が居ないと思っていて油断していただけに征城は驚きを隠すことができなかった。恐る恐る振り向くと、先ほどまで誰も居ないと思っていたその場所には4人の少年が立っていた。
 征城に声を掛けてきたと思われる少年は、4人の中でも一際背が高くがっしりとした体型をしていた。確かサッカー部か何かに所属していた先輩で、征城の元にもクラブの勧誘で来ていたことがあった。
「島田先輩でしたっけ・・・」
 自宅から通っている島田とはその勧誘を受けた時しか面識は無かったが、
サッカー部でGKを努める2年生で、征城のクラスにもファンが多数居る位、中等部でも有名人であった。ただ征城から見れば、どうにも寒気がするほど気持ちの悪い目をした嫌なタイプとしか思えなかった。
 クラブの勧誘に来た時も、上から下まで舐めまわすような視線を向けられて、最後の別れ際に手を握られた時はよく殴り飛ばさなかったと自分を誉めるくらいの悪寒を感じた程であった。
 残りの3人に関しては、1人は寮で見かけたことがある程度で、他の二人に関しては自宅組みなのか寮組みなのか、はたまた中等部に在籍しているのかそれとも高等部に在籍しているのかも征城には分からなかった。
「変な手紙で呼び出して何の用なんですか?サッカー部の件でしたらすでにお断りしたと思うんですけど」
 征城はそう云いながら一歩後ろへ下がる。とりあえずある程度の距離は開けておきたかった。相手が一人ならばなんとかなるだろうと軽く考えてはいたのだが、まさか4人も居るとは思っていなかったのである。
 しかもそのうちの一人はいかにも体育会系の人間である。
 やばい〜
 やばいよぉ〜
 幾ら俺でも島田さん一人だって勝ち目なさそうなのに〜
「サッカー部の件よりももっとゆっくり話したいことがあって来てもらったんだよ」
 にっこりと微笑みながら島田は云うが、征城にとってはその微笑み自体が吐き気がするほど気持ちの悪いものであった。
 なんでこいつが格好いいぃ〜とかって人気あるんだよ・・・
 俺には気持ち悪い奴としか思えないよ〜
 以前に触れられた時のことを思い出すとそれだけで寒気がするくらい、征城にとってこの島田と云う先輩は気持ちの悪い存在でしかなかった。とにかく目が気持ち悪いのだ。はっきり云って蛇にしか見えないっ!!と征城は常々思っていた。
「俺には先輩とゆっくり話したいことなんてないんですけど・・・」
 ふと見ると征城の目の前には島田の姿しかなかった。島田に気を取られている隙に他の3人は征城の背後へ回っていた。
 近づいてくる島田から逃れようと一歩足を引くと、そこには3人が待ち構えてる。
 やばい〜
 やばいよぉ〜
 逃場が無くなっちゃってる〜?
 残りはもう体育館の裏手へと続く小道しか残っていなかった。しかしそこへ逃げ込んだからと云って、その先がどうなっているのかも征城には分からないのである。そこが行き止まりになっていればそれこそ袋のねずみである。
「北条・・・」
 ぎゃーっ!!
 島田の伸ばした手が征城の肩に触れた瞬間、征城は思いっきり島田の向う脛を蹴り上げるとそのまま横の小道へ走りこんで行った。視界の隅に足を押さえて屈み込んでいる島田の姿と島田に駆け寄る3人の姿が入って来たが、征城は振り向くことなく走り続けた。
「っの野郎ぉ〜お前ら早く追えよっ!!」
 後ろから聞こえる島田の怒りの声とそれに続いてばたばたと自分を追いかけ始める足音を聞きながら、征城は体育館の裏手へと続く角を曲がった。
 やっぱりこの学園の広さは異常だよぉ〜
 そこは決して袋小路になどはなってなく、逆に征城が想像していなかったような草むらが広がっていた。そこは運動場?と思わせるくらいの広さがあった。
 ただしすでに手入れまでは行き届かなくなっているのか、まさに草むらとしかいえないほど雑草が所せましと茂っていた。中には膝丈を超えるくらいの高さのものもあり、征城も一瞬そこへ足を踏み入れることを躊躇してしまう程であった。
 俺って、コンクリート世代だもんなぁ〜
 とは云うものの、後ろからは追っ手が来るのである、戻るわけにも立ち止まるわけにも行かなければ、このままここを突き抜けるしかないのである。とりあえずここを突き抜ければ体育館の反対側へ出られるはずと、征城はそこへ足を踏み込んだ。
 1歩2歩となるべく大幅に走り抜けた。ちょうど中間地点くらいで、更に1歩足を踏み出そうとした瞬間いきなり足になにかが絡みついた。
 あっ!!
 と思った時はもう遅かった。
 倒れるっ!!
 と思ったその目の前にその草むらに横になっている男が目に入った。
「だーっ!!そこどいてーっ!!」
 そう叫んだ時は遅かった。
 征城はスローモーションのように自分がその男の上に倒れていくのを感じていた―――スローモーションのように感じたからと云ってその倒れる自分をどうにかできるわけでもなく、そのままそこに寝転んでいた男の上に突っ込んで行った。







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