先生のお気に入り


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「ってめーっ!!なにしやがるんだっ!!」
「ご、ごめんなさいっ!!」
 いきなり怒鳴られた征城は身を竦めながら謝った。どう考えても自分が悪い。さすがにこんな所に人が寝転んでいるとは思わなかったが、不可抗力とは云え寝ていた人間の上に突っ込んだのだ。
 鳩尾入ったりはしてないよなぁ〜
 恐る恐る征城は男へと目を向ける。とりあえず怒ってはいるようだが怪我などはしていない様子にほっとする。
 すると突然男は征城の名前を聞いてきた。
「お前名前は?」
「えっと・・・北条」
「下の名前だっ!!」
「征城・・・あの・・・急いでるんで・・・」
 そう云って征城はその男から離れようとするが、いきなり腕を掴まれると男の方へと引き寄せられていた。
「人が気分よくしてるところへ突っ込んできてそれだけか?」
「っ・・・」
 にやりと笑いながら云われたその言葉に征城は何か返そうとするが、体育館の表の方から来る島田達の気配に今はそんな時ではないと思い直す。
 とりあえず逃げなくちゃっ!!
 そう思って再度男の手から逃れようとするが、余計に掴まれる力が強くなるだけで征城はその腕の中から逃れることは出来なかった。
 なんでっ!?
 パニックを起こしそうに成った瞬間、その男が自分ではなく自分が走り出てきた方へと声を掛けた。
「そこに居る奴ら出てこいよ」
「え、宮瀬先輩・・・?」
 自分の背中の方から聞こえる島田の声で、征城はその男の名前が宮瀬と云い、島田たちの―――そして自分の先輩にあたる人間であることを知った。しかも島田の声は僅かではあるが怯えを含んでいるように聞こえた。
 島田さんが高2だからぁ〜この人高3?
 私服って事は寮生か・・・?でも見たこと無いし・・・
 一人ぐるぐると考えを巡らせる征城を他所に晃たちの話は進んで行く。
「こんながき相手に4人も掛かって何やってんだ?」
「いえ、そいつがちょっと生意気だったんで・・・」
 さっきまでの自分に対する態度とあまりに違うその怯えた態度に、征城は彼らの畏怖の対象である自分を離さない男を見上げた。
 座っているからはっきりとは云えないが、そんな姿勢でも征城よりも頭ひとつ以上大きく、立てば180をゆうに超えていることがわかる。そして4人の男を威圧する瞳。整っている顔だけにその不機嫌そうな瞳は余計に相手に恐怖心を植え付ける。
 征城は、晃が島田達に気を取られている隙になんとかその腕の中から抜け出そうとするが、やはりその力が緩むことは無かった。
 やばい人に捕まったぁ〜
 って云うか、なんでこの人こんな所で寝転がってたんだよ〜
 こいつさえ居なければ俺逃げれてたんじゃないの?
 しかし追いかけられていた島田達からも逃れられず、それどころかもっとやばそうな男に拘束されているのが現実なのである。
「お前何やらかしたんだ?」
「何って、俺は何にもしてないのにいきなり呼び出されて・・・追いかけられたから逃げただけだよ・・・」
 急に自分の方へ向けられた問いに、征城は島田の向う脛を蹴り付けたことは口に出さずぼそぼそと答えた。 
「へぇ〜、の割には一人足痛そうにしてる奴居るけど・・・」
 にやりと笑いながら晃は征城の顔を覗き込む。そんな晃の態度に瞬間どきっとする。
 やっぱこの人格好いいやぁ〜
 正面から顔を合わせると本当に整った顔だとわかる。綺麗とか可愛いとかじゃなく、男として整った顔。身長も肩幅もまさに大人の男―――征城が理想としている男性像そのものである。
 俺もこの位身長伸びるかなぁ〜
 肩幅すっげーや、運動何やってんだろ?
「なに人の事じろじろ見てるんだよ・・・」
 いきなり黙り込んだ征城になかば呆れるように晃が問い掛ける。その言葉に征城は自分が晃に見惚れて居たことに気付く。が、
「じゃぁ、あんたはなに人の事拘束してんの?」
 実際口から出た言葉はなんとも小憎らしいものであった。
 そんな征城の言葉に一瞬むっとした顔をした晃だが、次にまたにやりと笑うといきなり征城を担いで立ち上がった。
「お前・・・征城だっけ?しばらく大人しくしとけよ」
「ちょっ!!降ろせよっ!!」
 いきなり視界が回転して一瞬動きが遅れたが、征城は驚きと怒りで晃の肩の上でばたばたと暴れ始めた。
 何人のこと米俵みたいに担いでんだよっ!!
 しかも幾ら中学生で成長期に入る前の小さな体をしているとは云え、男の体を軽々と肩に担いでいるのである。
 屈辱だぁーっ!!
 征城は晃の背中に手を何度も叩きつけるが、晃はびくともせずにそんな征城を軽々と担いだまま歩き出す。晃が歩き出した為に一瞬バランスを崩して落ちそうになった征城は、逆に暴れるのを止めぎゅっとその背中へしがみついた。
「そうそう、大人しくしないと怪我するからな」
 ぽんぽんと征城の背中を軽く叩きながらそう云うと、晃は思い出したように島田達の方へ振り返った。
「お前らこいつにちょっかい掛けるのもう止めとけ。どうせ例年の奴だろ?俺が落としたって報告しとけ」
 晃は先ほどから動けなくなっている島田達にそう告げる。
「宮瀬先輩っ!?」
「卒業生はだめって規則は無かったよな」
 卒業生っ!?
 って、じゃぁこいつ大学生っ!?
 バランスを取り直して再度ばたばたと自分の肩の上で暴れる征城をものともせずに、晃は島田達にそう云うとその場を後にした。
 






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