先生のお気に入り


−7−







「あんた一体何なんだよっ!!」
 体育館の裏手を通り、高等部の校舎の裏口でやっと開放された征城が最初に口にした言葉はそれだった。
 さすがにこの時間の校舎の裏口には人影は無かった。
「宮瀬晃だ」
 怒鳴る征城をものともせずに、晃はにこにこと征城を見つめる。そんな笑顔が余計にむかついて、征城はきっと晃を睨み付けた。
 お互いに向き合って立つと、晃の背の高さがよく分かる。
 身長が160センチに満たない征城とは頭一つ半以上差があるように見える。どうみても軽く180は超えている晃を下から見上げながら―――かなり屈辱ではあるのだが―――征城は声を荒げていた。
「名前聞いてんじゃねーっ!!」
「せっかく助けてやったのにそれはないだろ?」
 そんな征城の剣幕をものともせずに晃はしれっと答える。
「誰も助けてくれなんて云ってないし、あんたがあんな所で寝転がってなかったら今ごろ寮に帰って宿題片付けてる頃なんだよっ!!」
 征城は再度晃を下からぎっと睨み付ける―――そんな征城の態度が晃にとっては単に可愛く見えるなんて事は思いもせずに。
「人の上に突っ込んで来てそれはないんじゃないの?」
「―――っ!!」
 自分の失態を思い出し征城は言葉を詰まらせるが、そんな征城に晃は言葉を続ける。
「まぁ、確かに俺が居なければ今日は逃げ切れたかもしれないけど・・・明日以降はどうだったかわかんないよなぁ〜。まぁ、例年のこととは云えこの時期になるとあの手この手で熾烈な争いになってくるし〜」
「・・・例年のことって?」
 晃の思わせぶりな台詞についつい征城は疑問形で返してしまう。そんな征城に、食いついてきたとばかりに晃は話を進める。
「ちょっとしたゲームだよ。新入生の中から可愛い奴を見繕って、それを在校生の誰が落とすかってゲーム。例年4〜5人の新入生がピックアップされて、それを立候補した奴が期日までに落とせるか落とせないかってやつ。後は誰が誰を落とすかって賭け事みたいなこともやってんだよ」
「はぁ?」
「校内ではやけにアプローチがあるのに寮じゃ全くだろ?変だと思わなかった?寮生と自宅生で差がつかないように寮では一切手出し禁止になってんだよ」
「はぁぁ?」
「まぁ、6月の終わりまででゲームが終了だからこの時期になると結構過激な手段に出る奴とかが増えるんだよなぁ〜」
「はぁぁぁ?」
 征城には晃が何を云っているのか全く理解できなかった。
 ゲーム?
 それだけの為に俺は今まで悩んできたのか?
 何なんだこの学校はっ!?
「まぁ、こんな隔離された男子校の楽しみの一つと云うことで、ある意味教師達も黙認してるくらいだからな」
 さすがに教師まで賭けに参加しているとはパニックに陥っている征城に云うことは出来なかったが、実際は教師のほとんどはこの学園の卒業生であり、この半ば伝統と化したゲームに嬉々として参加していると云うのが実情であった。
「この顔じゃ立候補者はかなりの数だったんじゃないのか?」
 くいっと征城の顎を掴んで上を向かせると晃は挑発的に云った。そんな晃の手をするどく征城は跳ね除ける。
「この学校変だよっ!!なんなんだよっ!!ただの新入生虐めじゃねーかよっ!!」
「虐めじゃなくてゲームだよ」
「こっちは精神的苦痛を伴ってんだから虐めだろっ!!なんなんだよ。落とすとか落とさないとか、しかもそれを肴に賭け事までしてるってっ!?」
 あ・・・やばっ・・・
 きっと細められた征城の目尻に、つっと涙が滲む。
 自分が興奮すると涙もろくなってしまう事はわかっていたが、征城はこんな初対面のわけの分からない男に涙を見られるのは嫌だった。
 しかし一回滲み出した涙を止めることは出来ない。
「おい、大丈夫か・・・?」
「うるせーっ!!」
 いきなり目に涙を滲ませ始めた征城に一瞬びっくりしながらも、晃は優しく問い掛けてくる。そんな晃の向う脛を思いっきり蹴り上げると征城はきびすを返して走り去ろうとした。しかし、島田と違い、晃はそんな征城の行動を見越していたが如く走り去ろうとする征城の腕を捕まえる。
「お前いきなり蹴るかぁ?」
 その腕を振り解こうと征城は暴れるが、晃はそれでもその腕を掴んだまま離さなかった。それどころか、暴れる征城を後ろからぎゅっと抱きしめる。
いきなりの晃の抱擁に征城は余計に暴れだすが、思った以上の晃の力の強さに全く身動きを取ることが出来なかった。
「離せよっ!!」
「そんな泣き顔見せられちゃ離せるわけないだろ・・・」
 耳元で囁く晃の吐息に征城の体温が一瞬上がる。
 ぎゃーっ!!
 なんでこんな奴に抱きしめられなきゃならないんだよっ!!
 と思っていても、滲んでくる涙を止めることも出来なければ、征城には晃の腕から抜け出すことも出来なかった。






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