先生のお気に入り


−9−







「お仕置きってなんだよ・・・」
 怯えてるとは思われたくないと、征城は晃を睨みつけながら云う。
 そんな態度も、晃を睨みつける目尻に滲む涙も、全てが可愛いと、そう晃に思わせるものでしかないことに征城は気付いていなかった。
 ふっと征城の顔に影が掛かる。
「目、閉じろよ・・・」
 そう呟きが聞こえた瞬間、征城の目の前に晃の整った顔が迫って来た。
「・・・っ!!」
 一瞬何が起こっているのか分からなかった。
 近づいた晃の顔が更に近づいて来たのは分かった。
 鼻がぶつかる・・・と思った、そこまでは認識できていた。
 ただその後自分の身に何が起こっているのかは、征城は瞬時に把握することは出来なかった。
「―――っ!!」
 なにっ!?
 なにっ!?
 自分の唇が晃のそれで塞がれている事に気付くのに時間が掛かった。
 ――――っ!!
 自分の唇に晃のそれが重なったことを理解すると征城は暴れ始めるが、晃と校舎の壁の間に挟まれている体では反抗もままならなかった。
 両手を突っ張って晃を引き離そうとするが、晃の体はまるで動かない。それどころか余計に体を密着させられ、まったく身動きが取れなくなってしまった。
 塞がれていただけの唇に晃がそっと舌を這わす。その感触に征城の背中がびくっと震えた。その反応に気をよくしたのか、晃は閉ざされている征城の唇をその舌で無理やりこじ開けると、震える舌先に自分のそれを絡ませた。
 や、だ・・・
 その一言さえ口に出すことが出来ず、征城は晃にいいように口内を弄ばれていた。
 顔を左右に振って逃れようとしても晃は執拗に追ってくる。それどころか更に深く舌を絡められ、次第に合わされた唇から漏れる吐息が熱を帯びてくる。
「・・・はぁっ・・・」
 どれくらいの時間が経ったのか、やっと開放された征城の唇から甘い吐息が漏れた。しかし離れたのはほんの一瞬で、晃は角度を変えると再度征城の唇を塞いだ。
「んっ・・・」
 唇を啄ばまれ歯列を舌でなぞられ、また舌を絡まされる。その度に体中に痺れが走る。きつく閉じられた目尻には涙が滲み、熱を持った体はすでに自分の力で立っているのもやっとであった。
「もぉ・・・やぁ・・・」
 力の入らない腕で再度晃の胸元を押すが、逆に背中に回された腕にきつく抱きとめられてしまう。
 思う存分征城の口内を蹂躙し、やっと唇を開放した晃は、今度は征城の首元へ口付ける。軽く触れた瞬間びくっと跳ねる征城を抱きしめながらいきなりそこを強く吸った。
「痛っ・・・」
 急に与えられた痛みに征城は身を竦ませるが晃は離れようとはしなかった。逆に征城の制服のネクタイを緩め、シャツのボタンを一つ外すとそのまま唇を移動させて行く。その唇の触れるか触れないかの動きに征城は何度も体を震わせた。
 


 ・・・ちゅっ
 最後にわざとらしく音を立てて晃は唇を離す。同時に腰にまわした腕を晃が離すと、征城はそのまま壁に沿ってずるずると崩れ落ちた。
「おい、征城」
 空ろな目をした征城の頬をぱちぱちと叩くが、征城からの反応は無い。再度―――今度は少しばかり力を強めて頬を叩く。
 さすがにその刺激に征城は目の焦点を晃へと合わせる、と、その瞬間見開かれた征城の目から涙がぽろぽろと零れた。
「泣くなよ・・・」
 そう云いながら晃は指先を征城の目元へと持っていくと、涙を指ですくい取る。その指先の動きすら刺激となって、征城はよけいに涙をこぼした。
「触んなよ・・・」
「泣くほど気持ちよかったのか?」
「んな訳ねーだろっ!!」
 顔を真っ赤にさせながら征城は叫ぶと、壁に手をついて立ち上がろうとする。しかし、膝が笑ってそのまま又座り込んでしまった。
「・・・立てない・・・」
 なんで・・・?
 震える足と、止まらない涙と、体全てが自分の云うことを聞かなくなったように感じる。
 ばしばしと頬を叩いたり、足を擦ったりしてみるが、熱くなった体も震える膝も、零れ落ちる涙も、全て止めることは出来なかった。
「なんでだよぉ〜」
「やっぱり気持ちよかったんだ」
 そんな征城の行動を面白そうに眺めながら晃はにやりと笑う。
 征城は自分を見下ろしながら笑う晃をぎっとにらみつけるが、このような醜態を晒している自分ではなんら凄みもないんだろうと、そう思う。
 だが、今の征城に出来るのはただ晃を睨みつけるだけだった。
「お子様には刺激が強すぎたか・・・?」
 さすがに涙の止まらない征城を見ていると少々やりすぎたかと反省する。ちょっと生意気で、鼻っ柱が強く、面白いように突っかかってくる―――なにより気の強そうな瞳がなんとも云えず晃の気を引いたのだが、征城はまだ中学生になったばかりなのだ。
 目の前でぼろぼろ涙を流しながらも自分を睨みつけることは止めない征城に、晃は先ほど以上に興味が湧く。
 まだ子供だけど・・・
「仕方ないか・・・」
 そう溜息と共に呟くと、晃は征城のシャツのボタンを留めてネクタイを締め直し、軽々と征城を担ぎ上げた。
「何するんだよっ!!」
 先ほど方に担がれた時とは違い、いきなり所謂お姫様だっこをされてしまい、征城は真っ赤になりながらじたばたと足を振る。
 しかし不安定な格好に、腕は自然と晃へとしがみついてしまう。
「一人で歩けないなら黙ってしがみついてろ」
「―――っ!!」
 なんと云われても歩けないのは事実なので、仕方なく晃にしがみつく腕に力を込めた。
 くそ―――っ!!
 くそ―――っ!!
 こいつむかつくっ・・・
 けど・・・
 晃の首にしがみついているせいで、征城は斜め下から晃の顔を覗き込む形になる。
 首筋から顎にかけてのライン、そこから更に視線を上げると―――先ほどまで自分の口を塞いでいたその唇にまで視線が行くと、そのことを思い出して赤かった顔が更に熱を持つのが分かるが、征城はなぜかそこから視線を外すことが出来なかった。
「見惚れるほどいい男か?」
 ・・・あぁ、
 見惚れるほどいい男だよ・・・
 悔しいから絶対口には出さないけどな・・・
 にやりと見下ろす晃の視線を避けるように晃の胸元へ顔を埋めると、征城は顔を晃のシャツに擦りつけ、がしがしと涙を拭った。


「もう大丈夫だろ?」
 中等部の校舎の前までたどり着くと晃は征城をそっと下ろす。
 まだクラブ活動が終わっていないのか、校舎の中からは生徒達の声が聞こえるが、高等部からこの中等部の校舎までの道のりでは誰にも見られることなくたどり着くことが出来た。
 お礼云うのも変だよな・・・
 って、悪いのこいつだし・・・
 中等部の校舎まで連れて来てもらったのはいいが、その後どうすればいいのかと、征城は俯いたまま次の行動に移れないでいた。
 じゃぁ、とか云えばいいのかな・・・
「これ」
 考えを巡られせる征城に、何時の間に書いたのか数字の書かれた紙切れを一枚渡す。
「とりあえず、週末迎えに来るから空けとけよ」
 そっと紙切れをのぞくと番号が書かれていた。
 090−2303・・・これって携帯の番号かぁ〜?
 土曜日の10時正門前・・・って・・・
 ぎょっとして顔を上げると不適な笑みを浮かべる晃の顔がある。
「逃げるなよ」
 そう云うと、晃は固まってしまった征城の耳元へ唇を寄せる。
「逃げたらお仕置きだ・・・」
 耳元に触れるか触れないかの位置で囁かれたその言葉に、征城の背中に震えが走る。そんな征城の耳たぶにそっと口付けると、晃は征城を軽く校舎の方へ押しやり、自分は今来た道を引き返していった。
 ・・・お仕置きって・・・
 また、あれ・・・?
 耳元で囁かれた言葉に膝が震える。そっと校舎に寄りかかりながら、征城は渡されたメモを握り締め週末の恐怖に怯えていた。

 ―――俺どうなっちゃうんだろ・・・

 自分の身に起きた不幸を嘆きつつ征城が空へ目を向けると、まるで自分の未来を暗示するかのごとく、西の方から暗雲が立ち込めてきていた。
「明日は雨か・・・」
 梅雨の中休みもこれで終り・・・
 俺の人生もこれで終り〜?
 最後に晃が触れた耳元へ手をやりながら征城は溜息をつく―――思い出すだけで背筋に走る震えには気が付かない振りをしながら・・・。


・・・とりあえず≪出逢編≫END・・・







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