不器用なドリーマー 1

 なんで今日、このバスに乗ったのか・・・・・・。
 それすら分からない。ただ、何時もより早めに目が覚めただけ。
 朝練の時よりは遅い、でも普通に学校に向かうにはちょっと(かなり?)早すぎる・・・・・・
 そんな時間のバスに祐大が乗ったのは本当に偶然で・・・・・・。
 乗客もまばら、同じ学校の生徒なんて自分だけ・・・・・・そう思ってバスの中をぐるりと見渡すと、もう一人、同じ制服に身を包んだ少年が目に入った。
 座っていても分かるくらいに小さい体をしたその少年は、俯いたまま熱心に本を読んでいるようだった。
 こんな時間に・・・・・・
 変な奴・・・・・・
 自分のことを棚に上げて、祐大はふとそう思う。
 それこそまだ登校時間の感覚すら分かっていない新入生かもしれないな、と、そう思った瞬間、バスが大きく揺れた。
 もうそれは反射神経の成せる技としか云いようがない。
 咄嗟に伸ばした手が手すりを掴んで、祐大はなんとか体を倒すことなく堪える事が出来た。
「大変失礼いたしました」
 バスの運転手のお詫びの言葉を聞きながら、祐大はふともう一人居た、同じ制服に身を包んだ少年へと視線を向けた。
 その少年は、座っていたにも係わらず、読んでいた本や鞄、それどころか眼鏡まで床に散らばすくらいの被害を受けていた。
 鈍くせぇ〜
 おたおたと落ちたものを拾う少年を目の端に留めた祐大から、くすっと笑いが零れる。
 瞬間バスが動き出し、少年が落した眼鏡が祐大の足元へと滑って来た。
 祐大はその眼鏡を拾うと、少年へと差し出した。
「あ、りがと・・・・・・」
 おずおずと顔を上げながら少年は祐大の手から眼鏡を受取る。
 その時初めて、その少年の胸元の学年章の色が高等部2年生―――自分よりも先輩にあたる色であることに祐大は気が付いた。
 だが、それ以上に、見上げて来たその瞳に魅入ってしまった。
 長めの前髪から覗く少し色素の薄い瞳―――その瞳と視線があった瞬間、祐大の胸がどきっと鳴った。
 そんな馬鹿な、と思う。
 男相手に何ときめいてんだよっ!!
 と、自分に突込みを入れてもみる。
 だが・・・・・・
 しかし・・・・・・
 その吸込まれるような瞳から、祐大は視線を外すことが出来なかった。
 そんな祐大の視線に気付いたのか、少年は眼鏡を掛け直すとそのまますぐに俯いてしまう。
「あ、あの・・・・・・」
 そう声を掛けようとした瞬間、2人を乗せたバスが学園前に着いたと云うアナウンスが流れる。
 あっと思う間もなく、少年はばっと立ち上がると、祐大の横を走り抜けてバスを降りて行ってしまった。
「ちょっ」
 あまりの急な少年の動きに、祐大は唖然とその後ろ姿を見つめるしか出来なかった。



「学生さん降りないんですか?」
 バスを駆け下りていった少年に唖然としたまま固まってしまっている祐大に、マイクを通してバスの運転手が声を掛ける。
「お、降りますっ」
 その声でやっと我に返った裕大は、少年が駆け下りていったタラップへと足早に向かう。そして、階段を下りながら鏡越しに運転手へと軽く頭を下げる。
 祐大を降ろしたバスは、ぴーっと云う音と共に扉を閉めると、そのまま真直ぐ走り去って行った。
 祐大はしばらくバスを見送っていたが、バスが角を曲がり完全にその視界から消えると、かばんを肩に担ぎなおして校門へと身体を向けた。
 その時、ふと校門へ向かう途中に落ちている一冊の本に気が付いた。
 本・・・・・・
 祐大は先程のバスの中での出来事を振り返る。
 メガネや本、他にも落とした物を抱えるように駆け下りていった少年、その少年が持っていた本のカバーがあんな感じだったような、そんな感じがした。
 だとすると、あれは少年が落した物なのだろうか?
 祐大はそっとその本を拾いあげると、しげしげと眺めた。
 本屋で付けられた物とは違い、きちんとした皮製のカバーに包まれたその本は、紙が日に焼けていてかなり古い物だと分かった。だが、同時にとても大切にされているような感じも見て取れた。
 だが、決して分厚いとは云えないようなその本は、しかし細かい字が所狭しと並んでいて、祐大にしてみたら課題図書以外では決して手に取りたいとは思えないような代物だった。
 普段の祐大であれば、拾った場所へそのまま戻しておくとか、それこそもう少し見やすいところへ置くぐらいが関の山ではあったが、その本が自分と少年を繋ぐ唯一の物かもしれないかと思うと、無下に扱うことができなかった。
 とりあえずと、祐大は何気なくぺらぺらとその本を捲っていく。と、しおり代わりであろうか、一枚の写真が挿まれていることに気が付いた。何気なくその写真を手にした祐大は、それを見た瞬間動きが止まってしまった。
 それは傍目には普通の写真で・・・・・・
 グラウンドでユニホームに身を包んだ少年達が楽しげに笑っている、ただそれだけのものではあるのだが・・・・・・
「なんで俺の写真なんだ?」
 祐大はぼそっと呟く。
 そう、その中心に写って居たのは、大越祐大本人だったのである。



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