不器用なドリーマー 2

 誰も居ないがらんとした教室の自分の席に座り、机に肘を付きながら、祐大は先程の出来事について考えていた。
 祐大の中ではそれこそ「運命の出会い」と位置付けられてしまったバスの中での出会い・・・・・・そしてその先輩のことを思い返す。
 可愛かったよなぁ〜
 自分を見上げ来た先輩を思い出して祐大はにへらと笑う。それこそ、周りに人が居たらやばい奴と思われるような、幸せモード全開の馬鹿面であった。
 高等部の2年生かぁ〜
 学生服の胸元に付けられていた学年章の色は青。自分の胸に付いている黄色の学年章と見比べる。その色の違いは2つ分の学年の差を表していて・・・・・・
 俺よりも2つ上になるのか・・・・・・
 で、本が好き、なんだろうなぁ〜
 と、先程拾ったばかりの本を再度ぱらぱらと捲る。
 本音で云えば、どうしてこんな物が好きなのかわからない。こんな物を読んでいる暇があったら外を駆け回っていたほうがずっといい、祐大はそう思う。
 しかし、この本があの少年の落したものだと思うと、祐大はそれを邪険には扱うことが出来なかった。
 そして再度本に挿まれた写真を手に取る。
 最初は、それこそあの少年が写って居ないのかと期待をしたものの、それは何度見てもサッカー部の練習試合の時の写真に変わりは無く、端の方に写る応援に来ていた生徒たちの姿は小さすぎて個々を判別するのは不可能だった。
 そう、確か2年に上がったばっかで、初めてレギュラーになった試合の時の写真だよ・・・・・・
 自分の部屋のアルバムにも同じものがあったはずだと、そう祐大は1人で頷く。
 その先輩がどうやってこの写真を手に入れたのか、それは気になるところではあった。しかし、それ以上に祐大が気になることは、自分が同性相手にトキメイてしまった、その事実であった。
 俺ってホモだったのかなぁ〜
 と、大きく溜息を付く。
 まさか自分が男相手にトキメキを抱くとは思っても居なかったのは、つい30分くらい前までのことである。いくら男子校に通っているとは云え、学外に出れば幾らで可愛い子が居るのである。それこそ、試合や大会の度に女のこの方から声を掛けられる事だってしばしばあるのだ。
 だが、あの自分を見上げてきた瞳、その目と視線があった瞬間、今まで当たり前だと思っていたことが祐大の中でガラガラッと崩れていったのである。
 確かに自分は女の子が好きだった。いや、今でも大好きだっ!!そう祐大は思う。が、今までに感じたことがないようなトキメキをその先輩に感じたのは疑いようもない事実なのだ。
 でも、いっかぁ〜
 悩んだって仕方ないし・・・・・・
 俺幸せだからなぁ〜
 もともと悩むタイプではない祐大である。トキメキを覚えた瞬間には驚きもしたが、30分も経てばこの通り、すでに自分の恋心を素直に受け止めるまでになっていた。
 それどころか、相手のことが全く分かっていない現状でありながら、すでに幸せモード突入と云う大馬鹿振りであった。



「なんか祐大今日機嫌いいじゃん」
 昼休みに入った教室でそう声を掛けてきたのは、1年から同じサッカー部で、今年同じクラスになった吉藤智一である。
「おう、吉藤っ!!」
 それまでは部活でそこそこ話をする程度の仲だったが、同じクラスになって以降何かとつるむ事が多くなっている2人である。
 それこそ猪突猛進なトップの祐大を巧く扱うことが出来るのは吉藤智一しか居ない、と云われて居ることを知らないのは当の本人―――祐大だけぐらいである。
「なんかいい事でもあったのか?」
「いや、なんて云うか・・・・・・」
 照れたように頭をかきながら、祐大はへへへと笑う。そんな祐大の頭を軽くコツンと叩くと、智一は大きく溜息を付いた。
「んなでかい図体でそんなことやられても気色悪いだけなんだよ」
「ひでぇ〜」
「で、何があったんだよ」
「春だよっ!!」
 一瞬云われたことがわからないとばかりに、智一は祐大をみやる。
「だからぁ、春が来たんだよなぁ〜」
 と、夏の終わりの窓の向こうの景色を見やりながら、祐大はにへらと笑った。
 そんな祐大の額に手を当てると、智一は呟く。
「熱はないみたいだけど・・・・・・」
 そんな智一の態度に、祐大はちょっと傷ついたような顔を向ける。そんな祐大の顔に弱い智一は、やれやれとばかりに祐大の前の席に腰を下ろすと、がしがしと祐大の髪の毛を掻き回した。
「じゃぁ、聞いてやるから俺が分かるように話せ」
 そんな智一の言葉に祐大は満足そうな微笑を返すと、朝の出会いのことを話し始めた―――それは決して簡潔で分かり易いと云うような代物ではなく、すでに祐大の中で勝手に作られた恋愛小説と化してはいたのだが・・・・・・。
「で、結論として、祐大はその先輩に一目惚れした、と」
「そうなんだよ」
「でもそれが誰だか分からない、と」
「そうそう、それで困ってるんだよ・・・・・・俺と先輩を繋ぐ絆はこの本ただ一冊」
 そう呟きながら祐大は本の表紙に頬をすり寄せた。



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