不器用なドリーマー 4

「あったか?」
「うぅ〜ん・・・・・・」
 智一の質問にも祐大からは芳しい答えは戻ってこない。
 しかし、先程から無言でアルバムを捲る祐大は、普段からは想像できないほどの集中を見せていた。
 グランドでボールを追いかける時に見せる集中力と執着心にはいつも脱帽するものがあるが、今日の集中力もそれに勝るとも劣らない。
 今くらいの集中力で勉強をすれば、いつもギリギリの成績ももうちょっとまともなものになるんじゃないかと、智一はそんなことを考える。
 まぁ、無理だろうが―――
 そんな結論もすでに智一の中では出てはいるのだが。
「お前の兄ちゃんさ・・・・・・」
「ん?」
「いや、あんまり皆と和気藹々って感じの写真・・・・・・ないのな」
 アルバムを捲っていて気が付いたこと。それは友達が楽しそうにしているものや、人物がアップで写っているような普通の写真が極端に少ないのだ。
 アルバムに収まっている物は、ほとんどが景色を写したものか、クラス単位で撮るような集合写真ばかりだった。
「あぁ・・・・・・まぁ、兄貴はあんまり人と馴合わないってっか・・・・・・」 
「ってか?」
「人見知りが激しくて、どちらかと云うと何時も一人で行動する、そんなタイプなんだよ・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
 言葉を濁らす智一の云いように、祐大は曖昧なうなずきを返す。
 確かに自分のクラスメイトにもどちらかと云えばそう云うタイプに分類される人間はいる―――しかし、それが智一の兄貴となるとなんとも納得できない思いだった。
 智一と云えば、スポーツ万能で成績優秀、そしてサッカー部の部長を勤めるほどの信頼を得ている人物だ。
 自分の猪突猛進な部分を、それこそ穏便に抑えられるのもこいつだけだと、そう思っている。
 そんな智一の兄貴が、智一と似つかないどころか正反対な印象を持っているなどとは、祐大には想像が難しいことだった。
「まぁ、ちょっと誤解されやすいタイプなんだ、慧ちゃんは・・・・・・」
「慧ちゃん?」
「あ・・・あぁ、兄貴のこと。たまに昔の、出ちゃうんだ・・・・・・」
「吉藤、お前、まさかお袋さんのこと『ママ』とか呼んでねーだろうな・・・・・・」
「あぁ?」
 心底嫌そうな顔で問いかけてくる祐大に対して、智一はそれを越える不機嫌な顔で返す。
「兄ちゃんは『ちゃん』付け、お袋さんは『ママ』とか云ったら、お前のイメージガタ崩れだぞ・・・・・・」
「お前が家で『お母さん』とか云ってる方が笑えるぞ。外では『お袋さん』とか云ってるくせに」
 仕返しとばかりに返す智一のその言葉に、祐大も焦ったように弁解する。
「し、仕方ないだろっ?昔からそうだったんだから、今更急には変わらねーんだよ」
「だろ?うちもそうだ。兄貴はやっぱり俺の中では何時まで経っても『慧ちゃん』なんだよ」
「・・・・・・」
 開き直ったような智一の言葉に、さすがに祐大も頷くしかなかった。
 この年代の微妙な感覚は、それこそ祐大自身も感じていることだった。大人への第一歩―――ではないが、今まで当たり前だったことを素直に当たり前と云えない、口にすることで『子供』のカテゴリーから抜けられない、そんな中途半端な不甲斐なさに襲われるのだ。
 まだ『ママ』とか云ってんの?だっせーなぁ―――そんな風に云われ出したのは何時くらいからだろうか。
 あいつまだ『ママ』とか云ってるらしいぜ、ガキだよなぁ。 
 そんな風に問いかけられれば「だよなぁ」なんて肯定の言葉しか返すことができなくて、結果自分の家のことをまったく話題にしなくなっていったような気がする。
 間違えて子供のレッテルを貼られるような言葉を口にしてしまうくらいならば、最初から話題にしなければいいのだと―――そんな逃げを打っていたのだと、今ふとそう思った。
 智一の家庭のことを知らないのも、智一が自分の家庭のことを知らないのも、そんなくだらない見栄の結果だったりしたのかもしれないと、そんな考えに祐大は襲われた。
 ある意味大人になったのかな・・・・・・
 と、そうも思う。
 が―――
「慧ちゃんね、まぁ、いいんじゃない。でもお前の兄ちゃんじゃ『ちゃん』付けするような可愛さなんかのぞまねぇけど」
「ばぁか、慧ちゃんはな、まじで可愛いぞ。俺から想像できないくらい可愛いんだからなっ」
 そう中学3年生にしてすでに175センチを超える身長の持主は、拳に力を込めて力説した。
「でもお前の兄ちゃんだろ?」
「慧ちゃんは母親似なんだよ」
 俺は父親似だと、そう続ける智一に言葉に、まぁそれならばあり得るかもと祐大も納得する。とは云えども、自分の兄弟を可愛いなどと形容するするのはどうかとも思う。
 しかも2つも年上の男に対して、である。
 そんなことを思いつつも、祐大の手は器用にアルバムをめくって行く。そして、その上を真剣に動いていた祐大の視線がふと止まった。
「あっ・・・・・・」
 言葉が出たことすら自分ではよくわからなっかった。
「どうした?見つかったか?」
 ただ、問いかけられたその言葉に素直に頷くことができた、
 間違いない―――
 俺の探している人はこの人だ、と。



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