不器用なドリーマー 7

「吉藤ぃ、俺帰るわ・・・・・・」
「えっ?」
「いやさ、お前と兄ちゃんなんか取込み中って感じじゃん?俺いない方がいいんじゃないかって・・・・・・」
 そう祐大が云った瞬間、思いもかけない方から音が響いた―――今まで本当に人が籠もっているのか?と疑いの目を向けていたトイレからである。
「あれ?」
 やっぱり兄ちゃん入ってるんだなぁ、と祐大はそちらに目を向ける。
 そんな祐大の耳に入ってきたのは智一の大きな溜息だった。
「吉藤?」
「わかった、祐大。ただ、もうちょっとだけ待ってもらっていいか?」
 そう云いながら智一は再度トイレの扉へと向き直った。
「慧ちゃん聞こえてただろ?そのままそこに居座る気なら俺が全部祐大に云っちゃうからなっ」
 その言葉にまさに駄目だと云うかの如く、中から扉をダンダン叩く音が響く。
「吉藤?」
 なんだなんだ、とばかりにドアと智一を交互に見やる。
 吉藤とその兄貴との諍いの原因がもしかしたら自分にあるのでは、なんて思い至ったからだ。
「なに?兄ちゃんのこれって俺に関係あるの?」
「・・・・・・まぁ、ぶっちゃけ、ね」
「なに、それ?」
「だから・・・・・・」
 そう口を開いた智一の言葉を遮るかのように、今までピクリとも動かなかったトイレのドアが、バタンっと音を立てながら大きく開いた。
 瞬間祐大の目に映ったのは、俯いていても分かるぐらいに顔を真赤に染めた少年の姿だった。



「兄貴の慧一だ」
「あ、初めまして」
 智一に促されるように祐大は右手を差出す。
 何度もきたことがある智一の家ではあったが、その家族とはほとんど顔をあわせたことがなかった。数回母親と挨拶を交わしたくらいだろうか。
 だが、慧一と呼ばれた少年は動こうとはしなかった。
「慧ちゃんっ」
 そんな慧一の態度にいらついたように智一が声を荒げる。その声にビクッと肩を震わせる慧一を見て、祐大はあれ?と思う。
 俺、この人知ってる?
「ってか祐大、お前もお前だっ」
「え?お、俺?」
「そう、お前だっ」
 急に振られて、困惑したように向けた視線の先にはむっとした顔の智一が居て、祐大はなんだか分らないが申し訳無さそうに頭をたれる。
「俺かぁ・・・・・・」
 と、反省をすべく何が悪かったのかと思い巡らすが、考えても答えは出てこない。
「わかんねぇ」
 頭をポリポリかきながら、祐大はすぐにギブアップを宣言し、エヘっと小首を傾げながら智一を伺う。
 そんな祐大に対して智一は大きな溜息を一つつくと、いきなり祐大の足を払った。
「ってーっ」
 まさかそんな仕打ちを受けるとは思っていなかった身体は、受け身を取る間もないまま床に打付けられていた。
 そのまま動けずに唖然としている祐大に声を掛けたのは、智一ではなく慧一だった。
「ゆ、祐大君・・・・・・」
 床に尻餅をつく形で転がった祐大におずおずと差出される手―――その手を無意識のうちに取って見上げた瞬間、祐大は自分の馬鹿さ加減に気付いたのだった。
「あ、あぁ・・・・・・」
「分ったか、ばぁ〜か」
 とは、腕組しながら見下ろしてくる智一の台詞で。
 ただ、その言葉も届かないくらいの衝撃が祐大を襲っていた。
「ゆ、祐大君・・・・・・?」
 ぎゅっと掴まれたままの手を訝しむように、慧一が声を掛ける―――しかし、その言葉すら耳に入らないかのように、祐大はただただ「ああぁ」と云う意味不明の言葉を発し続けていた。



BACK HOME NEXT