不器用なドリーマー 8

 見上げてきた瞳が印象的だった―――と云うか、それ以外覚えてないって云った方が正しかった。
 高等部の校舎も探しに行った。
 普段は寄付かない図書館までも足を運んだ。
 だが、自分が見ていたのは自分と目線が合っている人だけだったんだと、そんな馬鹿げた探し方をしていたんだと今ならば分かる。
 目の前に居ても分からなかった。
 でも、その瞳を見た瞬間この人だって分った。
 ―――それがまさか親友の兄ちゃんだなんて、今の今までこれっぽちも思っていなかったのだが。



「あ、あ、あぁ」
 と、馬鹿みたいに「あ」の字を繰返しながら、口をパクパクさせている祐大を、智一は冷めた目で見下ろしていた。
「慧ちゃん、とりあえずあっち行こう」
 そう云いながら祐大を立たせ、慧一に目で自分の部屋へくるようにと合図を送る。
 慧一もすでに観念したのか、それとも壊れた祐大に何か思うところがあったのか、おとなしく智一の部屋へと入って行った。
「で、祐大の探してたのは、兄貴だったってことでいいんだな」
 と、3人が床に座った状態で智一がまずはと口を開く。
 その問いに対して祐大は無言で頷くが、あまりの驚きに未だ思考が追いつかないと云った風だった。
 馬鹿みたいに繰り返していた「あ」の字はすでに止まっては居たが、今度は何も言葉が出ないと云った風で、視線が智一と慧一の間を行ったり来りしていた。
「で、兄貴は・・・・・・」
 と声を掛けられて、慧一がビクッと肩を震わせる。
 普段「慧ちゃん」と呼ぶ智一が、自分を「兄貴」と呼ぶ時は何かあるのだと、それも自分にとってはあまり嬉しくないことだと云うことは、慧一が一番よく分かっているのだ。
「今日、祐大が何の用事でくるか・・・・・・俺、話したよね」
「・・・人、探しって・・・・・・」
 答える語尾はもう消えそうな感じだった。
「どんな人探してるかって・・・・・・俺、ちゃんと云ったよね?」
「・・・・・・」
「祐大がバスで会った、高等部2年の先輩で、本を落とした人って」
「き、聞いた・・・・・・」
「で、なんで自分だって云わないのっ。ってか、分かってたからさっき逃げたんだろ?嫌だったら嫌って云えば、俺祐大にちゃんと伝えたよっ」
「ちょっ」
 その言葉に今度は祐大がビクッと肩を揺らす。
「い、嫌なの・・・・・・?」
 一度言葉が出たことで気持ちも落着いたのか、祐大はオドオドではあるが、俯いている慧一の顔を覗き込みながら言葉を投げる。
「嫌に決まってるだろ。男に好かれて嬉しい訳あるかっ」
 だがそれに答えたのは智一だった。
 慧一はと云えば、祐大を見ようともせず、ただただ膝に置いた手に視線を落としているだけだった。
 しかも智一は、じっと慧一の顔を覗き込むように見つめる祐大の頭をバシっと叩きながら、二人の間に距離を作ろうとする。
「ってーなっ。吉藤さっきから酷すぎないかっ!?」
「祐大が慧ちゃんに近づき過ぎるからだろ。ほら、嫌がってんだから離れろよっ」
 そう云いながら今度は足でグイグイと祐大を押しのけようとする。
「ひでぇっ!!さっきまで親身になって相談乗ったり手伝ってくれてたのにっ」
「自分の兄貴のことだなんて思わなかったからだろっ」
 バンっと床を叩きながら怒鳴る智一の剣幕に、祐大と慧一が同時にビクッと身体を振るわせる―――が、怒鳴られたのは祐大の方なのに、どちらかと云えば慧一の方が智一の激昂に怯えている風であった。
「いや・・・まぁ、そうかもしれないけど・・・・・・」
「お前だって自分の兄弟だったら、普通に考えて嫌だって思うだろっ」
 その言葉に一瞬祐大の思考が固まる。
 俺の―――
 兄貴が?
 瞬間、言葉では云い表せないような映像が祐大を襲う。
「げーっ、ありえねぇっ!!」
 智一の言葉で想像してしまった恐怖の映像を振払うが如く、祐大は大きく頭を振ると、更にきっぱりと自分の主張を口にした。。
「ぜ、絶対嫌だっ」
 そう、一言。
「ほらみろ・・・・・・」
 そんな祐大の姿を見ながら、勝ち誇ったように智一は笑ったのだ。



BACK HOME NEXT